知らぬ話
拠点に到着して最初にしたことは、サラの両親への報告だった。
元気にやっていること。友達もできたこと。今のところ何の心配もなさそうだと伝えると、二人は穏やかな顔で頷いていた。
もともと親として、十五歳を過ぎた娘の成長は祝うべきことであると考えている二人だ。心配はあれど、こうして無事なことを確認して報告してもらえるだけで、納得できるだけの心構えはできている。
むしろ喧嘩になったり、家出騒動に発展したりと、衝動的な部分が印象に残っているハルカの方がよっぽど心配をしているようだった。
報告を終えた後は、夕食まで訓練の時間だ。
魔法も交えたいつもの派手な訓練を見たカナは、驚き途中で止めようと立ち上がったところで、ノクトに邪魔をされる。
「いつものことですよぉ」
「いつもって、これ、大けがをするぞ?」
「僕達だって戦場では大けがばかりだったでしょう」
「平時にけがをしていては意味がない」
「……戦の場があまりない今経験を積むには、これくらいやってもいいんですよ。殺意がない分物足りないくらいです。大丈夫、ハルカさんは僕よりよっぽど優れた治癒魔法使いですから」
「君が師匠だったな、無理にやらせているのか?」
目つきがやや厳しくなったカナに、ノクトはいつも通り答える。
「失礼ですねぇ……、僕は動きが気になった時に横から口出ししてるだけです。こんな頭のおかしい訓練法、無理やりやらせるわけないでしょう」
「……すまない、ノクトだったらあるいはと…………」
「それ、追撃してるだけですからね、もっとちゃんと謝ってください」
「あ、いや、申し訳ない」
しおれたカナを見てノクトは笑う。
やっぱりカナの性格が昔から変わらないことが面白かった。
「確かにねぇ、骨や肉体は傷つくほど丈夫になりますからねって話は、どっかでしたことあるかもしれませんが」
「……それは、まぁ、真実ではあるけれど。道理であの若さで強いはずだ。しかし、あれだな、ハルカさんの魔法は異常だな」
「異常ですよ。出会ったときには底が見えませんでした。それにあの姿、ゼスト様にそっくりなんですよねぇ」
「あの方々関係か。……苦労しそうだなぁ」
「ま、悪意はないのでしょうけどねぇ、神様ですから」
二人の会話を聞いている者は誰もいない。
全員汗を流してから夕食をとった後、ハルカはイーストンとカーミラを呼び出した。未だ二人ともカナには引き合わせていない。まず説明をしなければ不平等というものだ。
カナはフォルの世話をするために離席している。
「お姉様、秘密のお話ですか?」
「珍しいけど、僕とカーミラが一緒ってことで察しはつくね。吸血鬼関係でしょ」
「はい、その通りです」
焚火から少し離れて、小川のせせらぎを耳にしながらの密談だ。
カナから聞いたエトニア王国の事情を話すと、二人の顔は同時に曇った。
「なんてことを……」
「酷いことするね……」
方向性は違えど、二人とも人が好きだ。到底聞き流せるような所業ではなかったのだ。
「カナさんは首魁の吸血鬼達を探していますが、同時に破壊者に対する隔意はないようです。【自由都市同盟】では、南東にある大陸の破壊者との交易もあるとか。彼女にどこまで私達の事情を明かすのか、というのも相談したかったんです」
「私はお姉様にお任せするわ、お姉様なら、私のことを守ってくれると信じてるもの」
「……あの、全力をもってあたりますが、相手はあのクダンさんやユエルさんと同じチームで活動されてた方ですからね? ああ、えっと、そっか、そこからでした。カナさんは【深紅の要塞】と呼ばれる特級冒険者です」
「……任せるわ」
前にユエルと会ったときのことを思い出したのか、眉尻をさげたカーミラだったが、結局は同じ結論を出した。
厚い信頼に応えたいところだが、太鼓判を押してやれないのがハルカとしても辛いところだ。カナの人格については、話してみた限り十分に保証できると思うのだが、問題はハルカが自分の人を見る目を信頼していない点である。
ノクトやクダンの古い知り合いである点や、モンタナが不信感を抱いていない時点でほぼ悪人の可能性はないと言い切ってもいいはずだが、命にかかわるようなことだと巻き込むには本人の了承が欲しい。
「うーん、明日の昼間にでも話してみるよ。それで問題がなければ夜に改めて呼び出して話そう。ハルカさんはその間に皆とも相談しておいて。リザードマンやハーピーの話も含めてってことなんでしょ?」
「はい、そうです。大丈夫だと思うんですけれどね……」
「ま、話を聞く限り大丈夫なんじゃないかな。エトニア王国の話も、破壊者に怒っているんじゃなくて、そんな所業をした者たちに対して怒っているようだし。それってさ、僕やカーミラがその吸血鬼達に思う気持ちと一緒だと思うんだよ。心配しなくていいよ、僕は分かり合える人もいるってちゃんと知っている」
イーストンはハルカの方をちらっと見て薄く笑う。
「ここの皆とかね」
カーミラも、ハルカを励ますように言葉を続ける。
「そうですわね。私、お姉様の決めたことなら従いますのに」
薄く真っ赤な唇が弧を描く。
魅惑的なその顔は、能力なんか使わなくたって十分に人を魅了する。
二人とも夜の王の名に恥じぬ美しい容姿を持っているが、ハルカはそんなことよりも、向けられた信頼が心にじんと響いた。
「ありがとうございます、私も二人のこと信頼しています」
イーストンはふっと笑って小川に目を落とし、カーミラは「あら、あら」と言って自分の頬を両手で覆って照れた仕草をしてみせた。
大事なのは種族ではない。その人となりであると、ハルカはしっかりと再認識していた。





