おいくら
毎日忙しく働いて、年の近い冒険者達と仲良く過ごし、充実した毎日を送っていながらも、サラの胸の中にあったほんの少しの不安。
夕暮れまでハルカ達と共に過ごすことで、その不安はすっかり払拭されたようだった。
「明日からまた頑張ります」と言ったサラの表情は晴れ晴れとしていて、それでいて、拠点にいた頃よりもちょっとだけ大人びていたようであった。
翌日の朝。
こちらではすっかり大人なはずのハルカが、ナギの横に並んでいるフォルを見て目を輝かせていた。
鬣のようにいくつもに分かれた角と、体の大きさに比べて大きな手足。
鋭い棘の生えた尻尾は、胴体と同じくらいの長さがあった。
大きさは馬よりも少し大きいくらいであるが、それ以上の迫力を有した立派な地竜だった。
「……かっこいい」
空を飛ぶ竜もまたかっこいいけれど、思わず語彙力がなくなるくらいには、ハルカはフォルの姿を気に入ったようだった。
しかしフォルはすげない態度でカナの方へ寄っていき、ゴリゴリとその頭を肩に押し付けている。
ナギはそれを見ると、ハルカの近くへ鼻を寄せて、同じ行動をとり始める。体重差ではじめこそふらついたハルカだったが、反対側に障壁をはって好きなようにさせてやることにした。
時折体が地面から浮くが、それはまぁ仕方のないところだ。
「待たせてすみませんね。でもナギは大きいから他の人にこれをしたら駄目ですよ」
鼻の頭をぽんぽんと軽く叩いてやると、ナギはフォルの方を見てから、そのままべたりと顎を地面につけた。
どうやら『駄目だったのか』と理解したようだ。
すぐに真似をしてみせるなんて、どうやら随分フォルと仲良くなったようである。
「ナギ、帰りはあちらのカナさんと、フォル君も背に乗ってもらいます。よろしくお願いしますね」
ナギの喉から肯定を示す声がごろごろと漏れてくる。
遠くで鳴る雷のようにも聞こえる音だが、ナギ本人の機嫌はすこぶるいい。
「なるほど、魔法で床と壁を作っているのか。これならば転落する心配もないな」
「はい。無くても出ている速度程には風の抵抗は感じないのですけどね」
「ふむ。この大きさで速度を出せるということは、なんらかの魔法や能力を使って、風の抵抗を和らげているんだろうな。竜というのは本当に不思議な生き物だ」
相変わらず楽しそうに話をする二人である。
仲間たちからすると、ハルカがこれほど饒舌に話しているのも珍しいので、そっと見守ってやっている。
空の旅の行程も半分も過ぎた頃、二人の話はようやく落ち着きを見せ、それに伴いコリンが思い出したように尋ねる。
「ハルカ、作ってたやつはどうなったの?」
「あ、そうでした。見てください、すごく良い出来なんです」
ハルカが包みから取り出している間に、周りに人が集まってくる。
「わぁ……すごー」
「……細かい仕事です。かなり手間がかかってるですよ」
コリンが感嘆の声を上げ、モンタナが顔を寄せじっくりと見て、その仕事を高く評価した。
「かっけぇ、俺も欲しい」
その価値をどこまでわかっているのか、上から覗いたアルベルトは自分の分も欲しがる。
名乗ることに抵抗がなく、公的な取引にも携わらないアルベルトに必要かは疑問であるが。
「本来配ることを目的としていたんですが、これは見せるだけになるかもしれません。冒険者と証明する札は公的な身分証明で使いますが、文字なんかはこっちの方が見やすいですからね」
「うん、いいかも。身分とか財力とか、パッと見てわかるし、思ってた以上に便利かもー」
そっと体を傾けて覗き込んだカナは「おー……」と声をあげて、目を丸くする。
「私は細工物に詳しいわけじゃないけれど……見事だな。竜……ナギが描かれているのがなおいい」
竜同好会のカナとしては、モンタナがデザインしてくれたナギの姿が気に入ったらしい。
「ありがとうございます。カナさんがそうおっしゃるのなら自信を持って使うことができます」
「そ、そうか? いや、誰が見ても良いものと判断すると思うぞ」
褒められただけで動揺するカナは、やはりハルカに近い属性を持っているようだ。
しばらくの間みんなで鑑賞会を楽しんだあと、不意にエリが真顔になってハルカに尋ねる。
「でもこれ、高いでしょ?」
「え、あー……、どうなんですか、コリン」
「ああ、渡したお金どうなったー? 足りた?」
「はい、特にそれ以上請求されなかったですけど」
「うーん、だとしたらほとんど利益ないかもしれないよね。これだけのもの作ってもらっちゃってたら。あとでお礼に追加の支払いしたほうがいいかも。あ、そうだ、えっとですね」
コリンはエリの近くへ寄って、耳元でこしょこしょと支払った金額を伝える。
「あー、うん……それでも安いってことね」
なんとなくの想像はついていたのか、エリは激しく動揺はしなかった。それでも少しだけ表情は引き攣る。
「あの、コリン。あの袋の中、いくら入っていたんです?」
「え、ほんとに中身見なかったんだ」
「見ないようにって言ったじゃないですか」
コリンは視線を彷徨わせてから、ハルカと目を合わせ、やがてにっこりとイタズラっぽく笑った。
「じゃ、秘密ー」
「すごく気になるんですが……」
教えたところでハルカがひえーっとなるだけなのは目に見えている。気になるくらいにしてあげたほうがハルカのためだ。
幾度か尋ねたハルカだったが、結局コリンはこの高級名刺のお値段を伝えることはしなかった。





