探し者はなんですか
「ああ、肩の荷が一つ降りた。ギルドで騎士が常駐するようになると聞いたときには、どうしたものかと思ったが……。ああ、そうだ、吸血鬼の件はわざと逃がしたわけではないから、そこは誤解しないでほしい」
「誤解なんて……。しかし、吸血鬼の支配する側の者は、かなり自信に満ち溢れている印象だったんですが……、逃げ出したんですね」
「うーん、随分と慎重な性格だったのかもしれない。一人の吸血鬼が、空を飛んで戦闘を偵察しにきたことがあったんだ。あれがもしかしたら、一番上に近しいものだったのかもしれないな。勝てぬと悟って逃げ出したのだとしたら……、面倒だ」
吸血鬼としての力が十分にあるうえに、長い間潜伏していることを隠す狡猾さもある。他所へ勢力を広げるような野心もあり、いざとなれば成果を放り投げて逃げ出すだけの慎重さもある。
追い詰めるのはかなり厳しそうだ。
「困ったことに容姿も分からない。怪しい話があれば様子を見に行ってみるしかないのだが……、正直なところしばらく行方をくらませられたら、それでどうしようもなくなってしまう」
「手がかり、ないんですね」
「一つだけあるのは名前だ。ヘイム=ケイネ=グブ=カルダス。人前に姿を現さないくせに、その名だけは賛美させていたそうだ。どこかちぐはぐな印象を受けるな……」
吸血鬼の名前は、自身の名前、母親の名前、父の名前から構成される。
四つ目の名前を持つものは、王たる血族だ。
ハルカにはもしかするとその吸血鬼の王について知っているかもしれない、昔から生きている者に数名心当たりがあった。
「昔から生きている者なら、会ったことがあるかもしれません」
「とはいえ、千年も前のことだ。私にはそれほど心当たりがないぞ?」
「ええと、例えば大竜峰の真竜様とかはその頃から生きているはずですが……」
「ああ、クダンと喧嘩したっていう……。うーん、私は人の世に暮らす者には知り合いが多いのだけれど、そういった方面はあまりで……。それに、真竜となると、人里のことはあまり気にしないだろう? 知っているとは思えないんだ」
「それは……そうかもしれませんね」
ハルカが考える中で一番その吸血鬼を知っていそうなのは、イーストンの父親だ。
同じ吸血鬼王であり、おそらくその吸血鬼と同じくらいの長さを生きている。
それからイーストン。人里で悪さをする吸血鬼を狩って歩いていたわけだから、その辺の噂ぐらい掴んでいそうだ。
最後にもう一人、拠点にゆるふわの箱入り娘の千歳吸血鬼がいるが、あちらは聞いた限りずっと引きこもりだ。おそらく知り合いではない。
カーミラのことを考えて、ハルカは一つ懸念を思いつく。
当時吸血鬼達が王国南の都市を占領しようとしてたのだから、そのヘイムという吸血鬼の拠点は、【エトニア王国】だけとは限らない。【エトニア王国】は海岸に面した国だったから、船はいくらでも出せるし、ひっそりと占領した街だってほかにあるかもしれない。
そう考えると戦闘を避けてあっさりと【エトニア王国】を放棄したことにも納得がいく。
「……カナさん、そのヘイムという吸血鬼の逃亡手段はなんでしたか?」
「わからないな。私が着いたときには既にもぬけの殻だった」
「そうですか……。もし船で逃げたのだとしたら、どこかに他の拠点があるかもしれません。以前その一派が【ディセント王国】の〈ゲパルト辺境伯領〉をこっそりと支配しようとしていたことがあります。似たような場所がないとも限りません」
ハルカの話を聞いたカナは顎に手を当ててうーんと考え込んでしまった。
先ほどハルカに写させてもらった地図を懐から取り出して、きょろきょろと周囲を見回し、片づけられていない木箱の上にそれを広げた。
「悪いが照らしてもらえるだろうか?」
カナからの要請に応えてハルカは地図の上へ光球を移動させ、一緒に地図を覗き込む。
「もし船で逃げたのだとすれば、行く先は【神龍国朧】、【混沌領】、酷く遠くなるが【ディグランド】ということもあるか。どこも一筋縄ではいかない先住民がいるはずだけれど、そもそも彼らが【エトニア王国】へ来る前にどこで暮らしていたのかがわからない。他に拠点があるかもしれないという考えは、正しいかもしれない」
「南はどうですか?」
「ああ、私達がそちらから攻めたから、すっかり頭から抜けていた。小国群には名も知らぬ国が乱立しているから、潜伏している可能性は十分にあるな。それから……実は、その、この先は内密な話なんだがいいだろうか?」
「口外はしませんが……」
あまりに重要なことを話されても、ハルカもちょっとやりづらい。
不安そうな表情に気づいたのか、カナは安心させるように笑って言った。
「何、外でも噂されているような内容だから、そうであると公的に認めないだけでいいんだ」
「それぐらいなら」
「ありがとう。……【自由都市同盟】の東には、海を隔てて破壊者が暮らす大陸がある。私は〈東大陸〉と呼んでいるんだけれど……。【自由都市同盟】では、そのうち沿岸に暮らす人魚や、密林に生きるリザードマンの一部との交流がある。ただ、あちらはあちらで年中戦いをしているから、内陸のことまではよくわからないんだ。もし仮に拠点を持っているのだとしたら……、追いかけるのは難しいな」
「なるほど……、そうなると本当に気にして過ごすくらいのことしかできませんね……」
「うーん……」
腕を組んで地図と見つめ合ってしまったカナ。
それを黙って見ていることはハルカにとって難しいことだった。
それでも勝手に他人の名前を出すことはどうにも気が進まない。
どうしたものかと悩んでいるうちに、カナは「仕方ない」と呟いて地図をたたんでしまった。
「あまりいつまでも外を出歩いていても心配かけてしまうし、そろそろ戻ろうか」
「……そうですね。私もよく他の街へ行くので、そこで異変がないか気を付けてみるようにしてみます」
「ありがとう、助かるよ」
ハルカはカナのような、穏やかで芯のある人が好きだ。
まるで昔憧れたヒーローのようにも見えてくる。
しばらくこの街に滞在すると言っていたし、拠点へ帰ったら念のため夜行性の二人に話を振って確認してみようと心に決めて、ハルカは宿へと戻っていくのであった。
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