外へ抜け出して
レジーナはカナに対してバチバチに警戒心を持っていたけれど、一定距離以上近づかないだけで、敵対するような行動はしなかった。あまりこうした経験がないのか、カナは困っていたけれど、いつものことだと説明されて苦笑していた。
とっさにフォローが出てこなかったのは、カナが弁の立つ方でないからだろう。
折角だからと、同じ宿に部屋をとったカナは、夕食時にはハルカ達から北方大陸の情報集めをする。
食後にはハルカが書き込みをしている地図を確認して、自分の物に書き写していく。本来冒険者同士でもただでするようなことではないのだが、カナが支払いをするというのをハルカの方が固辞した。
静かな払う払わないの譲り合いは、聞いてるのが面倒くさくなったノクトの「特級冒険者がそれくらいのお金で騒がないでくださいねぇ」という一言でおさまりが付いた。
さて、夜も更けてきてから女性部屋の桶に湯を溜めたハルカは、そそくさと部屋を出た。しばらく宿内をうろついてから、外へ出て少し夜の空気でも吸おうかと扉に手をかける。
「少し時間をもらえるだろうか?」
後ろから声をかけてきたのはカナだった。
先ほども語ることは尽きなかったし、何かあるのだろうとハルカは頷く。
「いいですよ。外に出ますか?」
「ああ、そうだな」
ハルカは宿の受付へ外へ出ることを伝え、扉を押し開けてカナが通るのを待つ。
「ありがとう」
礼を言われて心が少し温まる。
扉をゆっくりと閉めて、ハルカはカナの横に並んだ。
日がすっかり落ちた後の街には、ところどころかがり火がたかれている。
とはいえ主に宿の前や、夜も開いているような店の前だけだから、十分な光源たりえない。
ハルカは夜闇を照らすために、小さな光の玉を自分の前に浮かした。
一見大したことがないように思える魔法であるけれど、魔法を学んだものからするとそうではない。ふよふよと常にハルカと一定の距離を取って動き続けるそれは、普通に扱うのが難しい類のものだ。
二人の特級冒険者の前を照らすのには、丁度良い魔法だった。
しばし二人は無言で歩く。
時間をもらえるかと言われて出てきたのだから、当然カナの方から話があるはずだ。
ハルカがちらりとカナの横顔を見ると、何やら難しい顔をして考え事をしているようだった。そんなに難しい話なのだろうかと、待っているハルカも緊張してしまう。
「ハルカさんは破壊者についてどう思う?」
やがてカナの口から漏れ出た言葉は、率直な質問だった。
ずいぶんと悩んだ結果、衒いのない言葉が出るのは実にカナらしいようにハルカには思えた。
ただ答え方が難しい。
【自由都市同盟】はオラクル教とあまり相性が良くないらしい。そして破壊者であることを隠して冒険者をしている者がいることを、ハルカは知っている。
つまり、破壊者との交流を積極的に行う、言うなれば親破壊者という立場なのだろうとハルカは推測していた。
ただ、いくら確信があっても、安易に一部の破壊者と仲良くしていますと言うのには気が引ける。
もう一押し、情報をもらえないと、その質問に答えるには難しい。
ハルカが返答に悩んでいると、カナが「いや」と言ってから続けた。
「イェットのところに、ラミアがいただろう。ハルカさんはそれを知っても見逃してくれたと聞いた。率直に尋ねる、仲のいい破壊者がいるんじゃないのかな?」
「……います」
かなり気を張って、できる精一杯の注意力をもってカナの様子を確認しつつ、ハルカは短く肯定した。
「そうか、やっぱりそうか。そうだと思ったんだ」
結果、返ってきた答えは嬉しそうな言葉と頷きだった。
「新しく特級冒険者になったのがハルカさんで良かったよ……」
「カナさんは……、カナさんにも破壊者の友人が?」
「うん。人の姿をとれるようなものは、こっそり自由都市同盟に住んでいたりする。クダンから聞いた話だと、〈暗闇の森〉の奥にもそんな破壊者が住んでいるって。アンデッド討伐の噂を聞いたときは、本格的に人と破壊者の争いが始まってしまうんじゃないかとハラハラしたよ」
「もしかして、それで私達のことを気にしていたんですか?」
「うん、それも一つあった。〈忘れ人の墓場〉に拠点を作ったって聞いていたから、何かしらの接触は持っているだろうって思っていたんだ。場合によっては破壊者への認識について話し合いをできればと」
それでイェット達からも何度も誘いがあったのだろう。
もしかしたら、遠出させることで拠点付近の探索を遅らせる目的もあったのかもしれない。
策を講じながらも時間が過ぎていった結果、他の用件とも重なってこうしてようやくハルカに会いに来たというわけである。
ほっと一安心した顔を見せたのもつかの間、カナはまたその顔をしかめてため息を吐く。
「……結局、吸血鬼達が大きく悪さをしたから、また人々は破壊者を恐れることになってしまうだろうけどね……。色々と気にしているつもりなのだけど、いつも上手くいかない」
その様子は、何とか手助けをしてやりたいと思わせるような変な魅力があった。
自由都市同盟で彼女のことを慕う人が多い、というのがよくわかる。
「私も、決断力がなくていつも失敗してばかりです」
「慰めてくれてるのかな?」
「……そうだといいんですけど、事実です」
「そうかなぁ……、私からは凛としていてかっこよく見えるのだけど」
それからもう一つ、もしかしたらカナはあまり勘が良くないのかもしれない。
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