意志の炎
宿に着くと、飲み物だけ貰ってそのまま部屋へ戻る。
つまむものは貰い物がたくさんあるから、それで十分だろう。
エニシは上級冒険者達の集まりということで、大人しく話を聞くことにしたらしく、輪の隅の方でもそもそと貰い物を食んでいる。ゆっくりではあるが、あまり間をおかずに食べ続けている姿は、まるで草食動物である。
「さて、何から話そうかな。知りたいことがあれば聞いてくれると話しやすいのだけれど」
「できれば、エトニア王国のその後の話を」
初めこそ関わったものの、その後は任せてほしいと言われてどうなったのかがわからない。
先ほどのカナの言い方によれば、王国はなくなったものの、肝心の主犯格は逃がしてしまったというのが結果であるように思える。ハルカはその過程についてが知りたかった。
「ああ……、あまり気持ちのいい話ではないけどいいかな?」
「お願いします」
「ハルカさん達はどこまで知っているだろう? 【エトニア】が吸血鬼に支配されて随分と経っていたことや、周辺の村々が占領されていたことは知っていたね。ああ、そうだ、イェット達に聖銀の武器を用意するように忠告してくれたのもハルカさん達だったっけ。ありがとう、おかげですぐに戦力として投入することができた」
ハルカが記憶をたどってみると、確かにイーストンがそんなことを仄めかしていたことを思い出した。
「それはこの場にはいない友人からですね。拠点へ行けば会えるはずです」
「なら礼はまたその時にさせてもらおう。……先ほどの話の繰り返しになるが、【エトニア王国】は【帝国】に吸収された。行われていたのは吸血鬼による恐怖政治。私達は、それによって作られた人の死兵と戦わされることになった。相手をしたのは主に【グロッサ帝国】の兵士だがな。……私達冒険者は、主に人質を取られた上級冒険者との戦闘をすることになった」
「それなりの数が?」
「いた。突然【エトニア王国】に移住する冒険者がいたので、以前から不審には思っていたんだ。もっと早く、公になる前に動くべきだったと後悔している。そうしていれば、もっと深く入り込んで、人質を解放することもできたかもしれなかった」
カナの悔やみに場がシンと静まり返ると、ノクトがパンをちぎりながら口を開く。
「相変わらず過ぎたことを悔やみますねぇ」
「しかし、私の立場であれば、気付けたかもしれないことだ」
「人の能力には限界があります。あれもこれもというわけにはいきませんよ」
「……そうだな、その通りだ」
言葉では同意しているけれど、僅かに険しい表情は納得していないことをありありと示していた。
「あまり私の感情を交えて話しても仕方がないな。とにかく、思った以上に帝国の一部まで侵略の手が伸びていた。軍が侵攻に四苦八苦している間に、私達冒険者が同じ冒険者と、吸血鬼の一部と衝突。私達は軍より早く【エトニア】の王都に着いたのだが、その時にはもう吸血鬼たちの姿はなかった。そこにいたのは、生き残りの王国民たちで、その一部はやはり死兵となっていた。私達を歓迎するそぶりを見せ、中へ引き入れてから一斉に襲い掛かってきた。…………こちらは精鋭だけを連れていたので死者は出なかったが、残念ながら多くの王国民を返り討ちにすることになった」
想像するだけでぞっとするような話だった。
ハルカが捕まえたような兵士が、エトニア王国で量産されていたということだ。
死を恐れず、人を思いやる余裕などない、追い詰められた者達だ。
エトニア王国の件で手を貸すのもやぶさかではないと思っていたハルカだったが、もしそうしていたら、相応に辛い思いをしたであろうことは間違いなかった。
「……ここから先は、子供に聞かすには少し憚られる話なのだが」
ハルカに言わせれば、ここまででも十分そうだったが、この世界で生きてきたカナからしても、さらにひどい話があるらしい。
言葉を濁して一度話を止めたカナは、ユーリとエニシを見る。
「聞く」
「我もだ」
「聞いても面白くないよ? 嫌な気持ちになるだけかもしれない」
声色を穏やかにして、ゆっくりと話すカナは、子供の相手も慣れているようだ。
それでも態度を変えない二人に、カナは困った顔をしてハルカを見る。
「保護者としてはどうだろう?」
エニシは大人だし、ユーリだって物事の分別がつかない子ではない。
「続けてください」
予想外の返答にカナはノクトを見たけれど、そちらからも助け船はない。
「本人たちがいいって言ってるでしょう? 過保護ですよぉ」
「そうかぁ? 私はそうは思わないのだけどなぁ……最近の子は強いのか」
「最近とか昔とかの話ではありませんねぇ、あなたは昔からそんなでしょう」
「耳が痛い。……話そうか。エトニア王国には、言葉を碌に解さぬ、隔離された子どもがたくさんいたよ。吸血鬼たちは、年齢と性別を分けて、食べ物を与え、人を管理していたようだった。実におぞましいやり口だった。…………私は二度とあのような国は作らせない。しばらくは逃した吸血鬼を探して歩くつもりだ」
ハルカは、カナの薄緑の瞳の奥に宿る強い意志の炎を見た気がした。
「相変わらずですね、カナさんは」
「成長しないだろう? 笑ってくれていい」
ノクトの軽口に、カナは自嘲の笑みを浮かべる。
このカナという冒険者は、おそらく百年以上にわたり、そうして自分の正義を胸に抱いて生きてきたのだ。迷ったり、上手くいかなかったり、迷ったり、傷ついたりしながらも、歩み続ける強さを持っている。
他の特級冒険者達とはまた違う、しかし、特級冒険者らしい意志の強さがそこにあった。





