情報交換
「それで、ご用件は……?」
「あっ、そうでした。実はハルカ殿に会うために紹介を頂こうと思ってきたのですが……それは済んでしまったので、別の用件だけお話しします」
笑って後頭部を掻きながら話す姿は、やはりどこかハルカに似ている。違いと言えば、ハルカよりも明るく前向きに見えるところだろうか。
「先日、南方大陸にある【エトニア王国】がなくなりました。【グロッサ帝国】に吸収される形になりますが、その過程で数百年生きている吸血鬼が複数人、千年前後生きている吸血鬼が一人、逃亡しています。公にすると混乱も起こるでしょうから、ギルドや、街の要人の方で内々に共有していただけたらと」
「吸血鬼、ですか。わかりました、情報の共有感謝します」
「それから、これは質問なのですが、ここから東にある森にいたアンデッドを全て討伐したとか? その後、問題は起こっていませんか?」
なんのとは言わないけれど、これは明らかに破壊者を意識した質問だった。
ラルフは返答に少しだけ悩む。
騎士が来ることは街や国の事情だからだ。いずれ公になるとはいえ、よそ者に与えるべき情報ではない。
ただしそれは、カナを余所者と判断するのであればの話だ。
ノクトによれば、建国に携わっている人物であり、なにより特級冒険者だ。
総合的に考えた結果、ラルフはカナが欲しがっていそうな情報は全て伝えてしまうことにした。
「問題は起こっていません。森の間にある〈忘れ人の墓場〉には今ハルカさん達が拠点を作っています。俺よりもそちらの方が詳しいかと。先日【神聖国レジオン】より話があって、数カ月をめどに〈オランズ〉の街にはオラクル教の騎士の駐屯地を設けることになっています。これは【混沌領】からの破壊者に備えてのことです。建国したころの決まりで、そういう取り決めがあったそうですね」
「そうですか……。そんな取り決め、あったかな……? いや、あったかも……?」
口元に指をあてて小声で呟きながら首を傾げるカナ。
何せ百年も前のことだ。記憶も曖昧なのだろう。
「とにかく、情報感謝します。何事もなければ、私はこれで失礼しますが、ノクトとハルカ殿のご用事は済んでいますか?」
「大丈夫ですよぉ」
ノクトが答えたから自分はいいだろう、と黙っていたハルカだったが、カナと目が合ってにっこりとほほ笑み首を傾げられ、慌てて返事をする。
「あ、はい、私も大丈夫です」
するとカナは頷いてラルフに一礼する。
「それでは」
「はい、いつでも歓迎しますので、何かありましたらいらしてください」
「ありがとうございます」
特に何も問題が起こらないまま、特級冒険者と支部長の会談があっさりと終わった。
会議室の外へ出ると、カナはすぐにノクトへ話しかける。
ユーリたちはギルドの共有部へ移動してしまったのか、廊下には姿が見えない。
「確か、出口はこっちだったかな」
カナが迷いなく先頭を歩き出したので、ハルカもそれについていく。
「ハルカ殿はノクトと仲が良いのですか?」
「仲がいいというか……、ノクトさんは私の師匠です」
「師匠? ノクトが?」
「そんなに驚くようなことですかぁ?」
「いや、だって……。そうか、ノクトが師匠か」
「はい。私の方が随分年下だと思いますし、冒険者としての経験も浅いです。どうぞ呼び捨てにして、言葉も崩してください」
さっきから殿とつけられてなんだかむずむずしていたハルカは、この機会にと申し出る。
「ではハルカさんで。どうしよう、話したい事はたくさんあるのだけど、どれもあまり廊下で話すような事ではないんだ」
「宿をとってますので、そちらで話しましょうか」
「拠点まで訪ねていくつもりだったから、なにも用意していなくて申し訳ない」
「いえ、お気になさらずに。私の方こそイェットさんに誘われていたのに、なかなか【自由都市同盟】に顔を出せずに申し訳ありません」
「気にしないでほしい。初めから近くへ来たら、くらいの気持ちだったんだ。そのお陰で久しぶりに北方大陸に来られたし、却ってよかったよ」
穏やかな会話が互いに心地よいのか、本当にただ交流し続けるだけで長い廊下を歩き終えてロビーまで戻ってきてしまった。
最初からそうなることがわかっていたのか、ノクトは大人しくしている。
ロビーへ戻るとエニシとユーリ、それからカオルとエリがハルカ達のことを待っていた。それ以外の面々は解散してしまったようだ。
話し合いがいつまでかかるかわからないのだから当然のことだろう。
最初に気づいたのはエリで、近寄るとすぐに声をかけてくる。
「あら、早かったわね、ハルカ」
「ええっと、話があるので宿に戻るのですが、お二人も一緒に?」
「……お邪魔にならないのなら」
二人とも拠点へついてくる気でいるから、この後行動を共にする予定だったのだろう。
ただ、一緒にいるカナへの遠慮もあっての答えだ。
カナもそれを察したらしく、笑って答える。
「私は気にしませんよ」
「ありがとうございます。二級冒険者、エリ=ヒットスタンです」
「はい、特級冒険者のカナ=ルーリエです」
ギルド内にいる冒険者の耳にその言葉が届いたのか、やや周りがざわつきだす。
「いきましょうか」
「そうですね、案内をお願いします」
ハルカが提案するとカナもあっさりと同意して後についてくる。
会う前に心配していたのが噓のような順調な話の進み具合だった。
ギルドから出て、数歩歩いてからハルカははっと気づいてエリを見て尋ねる。
「エリさん、昇級したんですか?」
「したわよ」
「教えていただければお祝いしたんですが……」
「いいわよ別に、まだ二級よ、まだ」
まだとは言うが、世間的には立派な敬われるべき冒険者だ。
エリにだってそのことはわかっているけれど、まだ道半ばという思いもあった。
「街にいる間に、なにか美味しいものを食べに行きましょう」
「いいって言ってるのに……」
ハルカが強く誘うと、エリはそれ以上断りはしなかった。
仲が良いらしい二人を見て、若作りの老人たち二人は眩しそうに目を細めてみせるのだった。
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