腰の低い要人たち
「……ノクトさん、お尋ねしたいのですが、カナさんというのはどんな方でしょうか?」
「心配しないでも大丈夫ですよ。怖い人じゃありませんから」
ラルフの問いかけに、役に立つのか立たないのか微妙なラインの答えを返すノクトである。それでも乱暴者ではなさそうな言い方に、ラルフは僅かに安堵したようだった。
一方でハルカも、これまで得てきたカナの情報を振り返る。
ノクトによれば、ハルカに似た性格をしていて、南方で自由都市同盟が作られるきっかけになった。
「建国に携わっているとのことですが、種族はなんでしょう?」
「人族ですよ」
「……長寿ですね」
「そうですねぇ、僕も含めて」
ノクトに微笑まれると、ラルフは視線を逸らして窓の外を見た。
気になるのだろうけれどそれ以上首を突っ込んでいかないのは、ラルフが分をわきまえているからだろう。支部長という地位に対して自分が強くないことを理解しているからこそ、上手く距離のバランスをとることができている。
実力の高い者を上に据えるより、この方がうまく回る部分も多そうだ。
「なんだか、ハルカさんが来てからこの街は騒がしくなりましたよね。……いえ、悪く言うわけじゃないんです。街が良い方向に変わっているのも確かで……、ただ、俺がそれをうまく回せるかって言うと自信はないですね。……ほら、現役で冒険者をしていた時代の俺を知っている奴らもいるじゃないですか。あいつが支部長? って不満を抱く奴も絶対にいると思うんですよ」
ラルフの、他の人の前では吐露できない思いが漏れる。
ハルカにはなんとなくその気持ちがわかる。
ノクトならばいいアドバイスをしてくれるだろうと思ってしばし待つが、笑っているばかりで何も言ってくれない。
「……つい最近私も言われたことですが、万人に支持されることは難しいんでしょうね。街を歩いての評判を聞く限り、ラルフさんはうまくやっているのだと思います。悪く言う人は聞いたことがありませんよ」
「……ありがとうございます」
ラルフとハルカの仲が良好であることはよく知られているし、そんなハルカの前で悪口を言う勇気のある者など街にはいない。必然、非難の声がハルカの耳に届くこともない。
ラルフはそれをわかったうえで、自分の心を慰めようとしてくれているハルカに礼を述べた。
「さて、愚痴を言っている場合じゃありませんね。しっかりした姿で出迎えないと」
「そうですね……ちょっと緊張しますが」
「ですからぁ、怖い人じゃないんですけどねぇ」
ノクトの呑気な声の後、扉がノックされ、ラルフが入室の許可を出す。
ドロテに続いて、赤い髪をポニーテールにした女性が入ってくる。
身長はハルカとそう変わらないか、少し低い程度。女性にしては高い方だろうか。
やや勝気な顔立ちをしているように見えるけれど、思慮深そうな瞳と表情が、それを穏やかなものに見せていた。
ドロテが一礼して部屋を去ると、ラルフが立ち上がり軽く頭を下げる。
「特級冒険者カナ=ルーリエ殿、冒険者ギルド〈オランズ〉支部へようこそ。私が支部長を務めさせていただいている、ラルフ=ヴォーガンと申します」
「突然の訪問にもかかわらず歓迎していただき感謝します。支部長ですのにずいぶんとお若い。生憎南方大陸で暮らしているため存じ上げませんが、きっと優秀な方なのでしょうね」
「いえ、お恥ずかしながら、縁と運に恵まれて先日就任したばかりです」
「ご謙遜を」
すごく普通の、しっかりとした常識的な会話に、却ってハルカは驚いてしまっていた。
本当にちゃんとした人だった、嘘ではなかったんだ、とノクトを見ると、『だから言ったでしょう?』という顔で見返される。
「それから、その……、用件の前に友人がいるようなので、挨拶をしてもいいでしょうか?」
「もちろん、時間はたっぷりありますので」
本当は忙しいくせに余裕を見せたラルフに、カナは笑顔を作って振り返る。
「ノクト! 久しぶりだな、元気そうだな。たまには私のところに顔を見せてくれてもいいのに。どうせあちこちをうろついているのだろう?」
「いくら僕がうろついているとはいえねぇ、南方大陸のさらに南の方にはめったに行かないんですよ」
「相変わらず宿の仲間に心配をかけているんじゃないのか? 駄目だぞ、連絡ぐらいきちんとしないと」
「していますよぉ。あなたも出会った頃から変わりませんねぇ……、相変わらず僕のことを子ども扱いするんですから。何度でも言いますが、僕の方がちょっと年上ですからねぇ?」
「うっ、分かっているんだが……。それにしてもここにいるのは偶然か? だとしたら本当に会えてうれしいよ」
口調こそやや男性的だけれど、表情のよく変わるかわいらしいという印象を受ける人物だった。ノクトに対して本当に友誼を感じていて、出会えたことを心の底から喜んでいることが一目でわかる。
誠実で、おそらくとても素直な人物なのだと推察できた。
「ああ、後で時間をもらえるか? 積もる話もあるだろうから……」
「はいはい、そっちが忙しくないならいいですよ」
「良かった。それから、もう一方はお会いしたことないのですが……、その、違っていたら大変申し訳ないけれど、特級冒険者のハルカ殿ではありませんか?」
突然正面から向き合われて、ハルカは背筋を伸ばす。
「私のことをご存じでしたか。ハルカ=ヤマギシと申します」
「イェット達から話は聞いています。ハルカ殿にもお話がありまして……、というより、そのためにやって来たと言いますか……」
「私と、話すためにですか?」
「はい、そうなんです。後でお時間頂けますか?」
「それは、もちろん構いませんが……」
旅をするでも旧交を温めるでもなく、自分に会いに来たと言われてハルカは驚いてしまう。というか、わざわざ足を出向かせてしまったことを申し訳なく思っていた。
「ありがとうございます!」
とても偉い人のはずなのに、やたらと腰が低いせいで逆に緊張してしまうハルカだ。
いつも自分が他人にしていることをやられているだけなのだが、どうやらそこまでは思い至らないようだった。
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