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「我のような美少女一人参加したところで、何の支障も出るまいに……。随分と慎重だな、この街は」
ドロテが受付へ戻っていくのを待って、エニシがぶつくさと文句を漏らす。
丈夫な扉が閉まってしまうと、会議室の中の音は少しだって洩れてこない。重要な話をするために作った部屋であるから、きちんと防音されているようだ。
「仕方ないでござる。ここは冒険者と商人の国。先ほどの会議は実質領地の最高権力者たちの会合でござるから」
「ふむ……、しかしハルカはすんなりと迎え入れられたではないか」
「エニシ様はご存じないでしょうが、特級冒険者というのはそれだけの存在なんでござる。【朧】にもたまにいるでござろう、一人で戦況をひっくり返すような化け物が」
「忍の【飛猿】や御豪泊の【一身槍】、戦場の【壊し屋】などと同じということか。あれらはあまり政治にかかわるような輩ではなかったがな。温厚でまともに会話が通じる相手と考えれば、ハルカやノクト殿は十分歓待すべき相手というわけか。いやしかしな、こんな無害そうな我を排除しなくても良かったとは思わんか?」
エニシが指を組んで小首を傾げるという可愛いポーズをとると、カオルは複雑な表情で天井を見上げた。
「なんだ、その反応は」
「拙者、エニシ様のことを尊敬しているでござるよ。エニシ様のお陰で命長らえたのは拙者の家だけではござらん。竜に捧げられた巫女という複雑な身であるのに、国を憂い尽力する姿は、尊いものでござった。……ちょっとだけ、拙者の中のエニシ様像が崩れているところでござる……」
「…………カオルよ、ありがとう。我はその気持ちをとても嬉しく思う」
「もう遅いでござる……、気にせず楽にしてほしいでござるよ……」
「すまん」
眉間を指でもんだカオルは、ふーっと息を吐いて気を取り直す。
「本当に気にしないでほしいでござる、尊敬していることには変わりないでござるから。……しかし、どうなってるでござるか、本国は」
「うむ、おそらく各国戦の準備をしているところであろう。一時的に停戦していた国などは、今頃開戦しておるかもしれぬ。……本来、それが当たり前の姿だと思うと悲しいがな」
「……しかし、エニシ様が平和を求めて作った十数年の猶予は、いくつかの勢力を作ったでござる。御豪泊の治める島などその典型では? あそこは豪傑と民が暮らす平和な島でござる」
「代わりにその両脇を好戦的な大名に囲まれておるがな。あそこの浪人がいくら強かろうといつまでもつやら……」
地元の話が続いているので、そのほとんどがユーリの知らないことだ。
二人もよくわからないだろうと話しているけれど、ユーリの理解力は大人のそれと変わらない。
なんとなく【神龍国朧】の事情を呑み込み始めたユーリである。
「【神龍国朧】は、国の中で戦争してるの?」
「おお、難しい話ばかりして悪かったな、ユーリ少年よ。そうなのだ、何ともやるせない国だろう? 地続きならば他国に攻められて一致団結もするのかもしれぬが……。何せ海に守られておるから、千年以上にわたり戦乱が続いている」
「なんで神龍様は戦いを止めないの?」
「さぁ、なんでだろうなぁ。我はお目見えしたことはあるが、話したことはほぼないのだ。昔々、まだ巫女がいけにえとして捧げられるようになる前。月の巫女、ツクヨミ=コトホギ様が殺されたときに、神龍様は国を嫌いになってしまったとされておるな。ただ、ツクヨミ様が愛した国を跡形もなく消すことが忍びなく、神龍島でその行く末を見守っているとか」
「神龍様と話した人はいないの?」
「ふむ。聞いたところ、先ほど話した鬼神は神龍様と語ってから当時の巫女の総代を連れ帰ったそうだ。それからは我らコトホギの者が、時折様子を見に行く程度だ」
ユーリは少し考える。
どう考えてもその鬼神と呼ばれる人物に心当たりがあったからだ。
ハルカが話さなかったから黙っているけれど、教えてあげたほうがいいんじゃないかなと考えていた。
様子を見ていると、困惑した様子でカオルが口を開く。
「その、鬼神というに、拙者心当たりがあるでござるな……」
「なに!? ご存命なのか!」
「その……、推測でしかないのでござるが、大陸で活躍されている特級冒険者のクダン殿がそれなのではないかと……」
「はぁあ、会ってみたい……。どんなお方なのだ!?」
「ええと、ユーリ殿、どんな方でござったか?」
先に教えてあげればよかったなと思いつつ、雰囲気や顔を思い浮かべて言葉を選んでいく。
「……アルを……、もうちょっと怖い顔にして、優しくして、大人にした感じ……?」
「……アルベルトか、なんか、ちょっと印象と違うな」
先ほどカオルの印象をぶち壊したばかりのエニシは、こちらも複雑な表情をして天井を見上げるのであった。





