様々な目線
「ではその話は一度持って帰っていただくとして、残りの半分の話をしましょう。実はこちらもハルカさん達も関係してくる話です」
不在であるのに話題の中心にずっといたらしいことがわかり、ハルカは苦笑いだ。
先ほどから特級冒険者の影響力というものをつくづく実感している。
「つい数日前まで、この街には〈神聖国レジオン〉からの使者である、神殿騎士第三席【鉄心】テロドス殿がいらしてました。暗闇の森のアンデッドが一掃されたことによる、破壊者の侵攻を警戒してのことです。ご存じですよね?」
つい最近ということは、都合ひと月以上〈オランズ〉の街に滞在していたことになる。随分長くいたものだと思いながらハルカは頷いた。
「他国からの干渉、という見方もあったのできちんと調べてみると、確かに国の成立時にそのような取り決めがあったようです。念のため〈プレイヌ〉の街にも連絡して確認を取ったところ、騎士の駐屯地設置には特に問題がないと。王国や公国からも応援を招いてよいとのことでしたが、そちらは軍隊を持たない【レジオン】とは違い、万が一敵対する可能性もあります。大きな声では言えませんがね。そのため、招くのは騎士のみとする予定です」
ハルカがそっと会議室の中を見回してみれば、表情は千差万別だった。
中にはあからさまに眉を顰める者も数人見られる。
先ほどまでハルカと話していた【悪党の宝】のグリューなんかはただでさえ多い顔面の皺をさらに増やしていた。
「来るのは最悪構わんが、儂らの仕事を奪われたらかなわん。あまり好き勝手に森の中とかを歩き回らせないでほしいもんじゃぜ」
騎士というのは、きちんと訓練を受けた戦闘のプロフェッショナルだ。
無償で魔物を狩られたりするようだと、中級冒険者達にとって強力な商売敵が出現することになる。
「確かに、そのあたりのことはしっかり決めてほしいものですわね。それから……、まさかオラクル教の騎士様が女性に乱暴狼藉を働くとは思いませんが、いざという時は街で裁けるようにしてほしいですわね」
続いたのは街に拠点を置くもう一つの宿、【金色の翼】のヴィーチェだ。いつになく静かな笑みをたたえて、遠回しに牽制をしている。
街に暮らす寡婦や、色町の女性たちの世話をしている手前、治安についての心配をしているのだ。
基本的に騎士は戒律を重んじるので、そこらの冒険者よりはよほど大人しいはずだ。とはいえ騎士のなり手は男性が多く、特に遠征をしてくる面々には独身者が多く含まれていることが予測される。
トラブルが起きたときに、他国の者だから裁けませんではメンツが立たない。
絶対に譲れない部分だからこそ、強く出ているのであろう。
「事前の話し合いにおいては、騎士は街の見回りをしたり、森に慣れるために調査遠征をおこなう程度とされています。給与は【レジオン】持ち。住居は街からの提供。これに関しては皆さんにも了承いただいているはずです」
「分かっちゃいるが、それでも森を闊歩されちゃあ依頼の邪魔じゃぜ」
グリューは不満を隠そうとはしないけれど、それでも頑なに反対意見を述べるわけでもないようだ。改めての警告の意味が強かったのかもしれない。
「木こりとしては安心ですけどねぇ」
朴訥とした男性がのんびりと述べたが、これでも木こり達のまとめ役であり、〈オランズ〉では発言権の強い商人だ。
「あまり安全になられて護衛を雇わないってのはやめてくれよ? 死んでからじゃ遅いんじゃぜ?」
「はっは、分かってますよ。その辺りは持ちつ持たれつですからねぇ」
【悪党の宝】は街に根を張った組織で、特に建築関係には顔が広い。木材を扱っているからこそ、木こりとの縁は深い。
「それで、法の件はどうですの?」
「……そちらに関しては、都度拘束して本国に問い合わせる形になると思います」
「……随分と時間がかかるのではなくて? その間にうやむやにされてしまいませんこと?」
「竜便を増やすことを、ドラグナム商会と交渉しています。ハルカさんのところに新たに拠点を作ったそうで、こちらでも土地さえ確保すれば支店を拡大していただけると。竜便を使えば、かなり短い日数での往復ができます。規模を拡大することで、事態が発生した際に、肝心の竜がいないという事態も避けられればと考えています」
「甘い裁定をされないよう、送る人選は選んでいただきたいですわね」
「その時は改めて被害者や関係者と相談することにしましょう」
ハルカは黙って話を聞きながら、その件に関しては、ドラグナム商会の竜が出払っていれば、自分たちのところで手を貸しても良いと考えていた。どちらにせよこれから先はコーディとの連絡を密にした方が良さそうだし、無視できない身分というならば自分が適任だと思ったからだ。
面倒ごとが増えていくのならば、やはり街にも一つ拠点が欲しい。
〈オランズ〉の冒険者ギルドとの連携もしっかりととっていきたいところだ。
それから一つ、聞いておかなければならないこともあったので、ハルカは手を挙げて口を開く。
「すみません、二点私からよろしいですか?」
「はい、お願いします」
隣に座っている者と話している者もいたのに、ハルカが発言した途端シンと部屋が静まり返った。
やりづらいけれど仕方がない。
「一つは、竜便の竜がいない場合、私達の拠点から竜を出すことも検討できます、ということ。それからもう一つは、騎士たちの調査遠征がどこまで行われるかということです」
「ありがとうございます。遠征に関しては、現状〈黄昏の森〉まで、と聞いています。わざわざテロドス殿の方から申告がありましたので、間違いありません。あちらの申し出によれば、あくまで万が一の防衛のための派遣であって【混沌領】への侵攻のための派遣ではないから、とのことです」
緊張して真面目な顔をしているハルカは、普段と違って少しばかり冷たく感情が薄く見える。穏やかな人柄と知っていても、ハルカの方から疑問を投げかけられると、場にいる者にも多少緊張が走るようだ。
「なるほど、承知しました」
かたい返事の後何かを考えるように目を伏せたハルカに、特に関係の薄い商人たちなんかはハラハラとしていた。
ハルカ達が、〈黄昏の森〉と〈暗闇の森〉の間にある〈忘れ人の墓場〉に拠点を築いているのは周知の事実だ。街の商人たちはすでに、誰の土地でもないそこを、特級冒険者ハルカ=ヤマギシとその仲間である【竜の庭】の領土のようなものであると認識している。
勝手なことをしたら許さない、という忠告に聞こえなくもない質問だったのだ。
ハルカはただ、〈暗闇の森〉まで入られないならば、リザードマンやハーピーと出会うことはなさそうだと、ほっと安心していただけだ。
商人たちの緊張をはらんだ視線にも気づくことはなかった。
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