疑問の噴出
休憩を終えて歩き出したころには太陽がちょうど頭の上の辺りに来ていた。
予定では今日は夕方くらいには農村の一つに到着できるはずだった。少し遅れているので、到着するころにはもう暗くなっているかもしれないが、本人も頑張ると言っていたので、ハルカは農村までは今日中に歩き切るつもりでいた。
まだ首都であるヴィスタが近いため、そちらに向かっていく人とすれ違うこともある。だいたいの場合近すぎない程度の距離を保って頭を下げて通り過ぎていく。変に近づくと盗賊と間違われかねないからだ。いくら騎士たちが治安を守っているとはいえ、全ての犯罪を防げるわけではない。旅をするものは自分で自分の身を守る必要があった。
たまに馬車や竜車、馬に乗ったものが後ろから追い抜いていったり、正面から走ってきたりする。身分の高い者や金のある者は、こういった足の速いものを使って犯罪に巻き込まれないようにしている。道を塞ぐように襲ってくる盗賊なんかは、動物がいるとかえって逃げにくくなるが、レジオン国内においてはそれほど大規模な盗賊団がいるという話は聞かなかった。
本来であれば、男爵の嫡男であるというギーツも、専属の護衛を雇い、車に乗って移動するような身分であるはずだ。今回なぜそうしていないのか、ハルカは気になって尋ねてみようと思ったが、歩くのだけに集中しているギーツの様子を見て、後回しにすることにした。
ギーツは自ら頑張って歩くと宣言した通り、村に着くまでしっかりと歩きとおした。最後の方は足を引きずるような歩き方もしていたから、もしかしたら靴擦れを起こしているのかもしれなかった。
農村、と言ってもヴィスタに連なる大きな村だ。この村より先に進むと森林に入っていくことになるため、それに備えてか様々な店も構えられている。もはや村というより街と言っても差し支えない雰囲気であった。
最初にこの村ができた頃にはまだこれほど人も多くなく、発達もしていなかったようで、その名残もあって未だに村と呼ばれているらしい。
ここを目的地としない旅をする者にとってはそんな歴史などあまり興味がない。しかし村が発達しており、安価な宿がたくさんあるので、途中に立ち寄る場所としては人気があるようだった。
夜になっても村のメインストリートにはまだまだ人が行き交う様子が見られ、特に問題もなく宿に入ることもできた。疲れ果てた様子のギーツが、足を引きずるようにして、食事もせずに自分の部屋へ引っ込もうとするのをアルベルトが呼び止める。
「おい、飯はちゃんと食べろよ」
「……ひどく疲れているんだ、休ませてくれ」
「寝る前にちゃんと食わないと、疲れが取れないぞ」
「わかった、わかったとも、では食事が出たら呼んでくれたまえ。それまでの間少しでいいから休ませてほしい」
「しょうがねぇなぁ」
リュックサックを床に下ろして引きずって歩きながら部屋の中へ消えていくのを、今度はだれも止めなかった。ハルカ達も疲れていないわけではなかったが、心地よい疲労感、程度だ。たった一日歩いただけで憔悴しきっているギーツの姿を見て不安しか感じなかった。
「いくら荷物が重いとはいえ、あんなに疲れるか?」
アルベルトがみんなの思うことを代弁するようにして切り出した。
モンタナが彼の消えていった部屋を見つめたまま返事をする。
「重い荷物もってたから、姿勢が悪かったです。それに普段から運動してないと思うですよ、あの人」
「どうしてそう思うんです?」
あれだけ武門の家だ、なんだと言っていたのに運動していないというのは不自然だ。歩き慣れていないならともかく、武人であれば素振りや稽古位するはずだ。モンタナ達だって早朝や、寝る前には必ず剣の鍛錬をしているし、コリンだって弓矢の調整をしたり、徒手戦闘の型を確認したりしている。特に何も運動していないのはハルカくらいだ。
「全体的に動きが固かったですし、手に剣だこもなかったです」
モンタナは自分の手をぐっぱとして広げてみんなに見せる。確かにモンタナの指の付け根辺りにはそれらしいものがある。アルベルトも自分の手をじっと見て呟く。
「昔はよく皮がむけたもんな」
「です。足にも多分靴擦れができてたです。歩きなれていない証拠です」
ハルカは自分が初めて遠征したときも、こちらに来て散々肉体労働したときも自分の身体に痛みがでたり、怪我をすることがなかったため思いもよらなかったが、普通はそういうものであるらしかった。元々運動関係に縁がないハルカにはそれがわからない。
「じゃああいつが腰に下げてる剣は飾りだと思ったほうがいいわね」
「多分まともに振れないと思うですよ」
彼は装飾の豪華な鞘に納められた剣を帯びていたが、この様子だと見栄のために佩いているだけのようだった。彼の自慢話の中には、自分が魔法も使うが、剣もまた達人級の腕前を持っているというものがあったはずだが、どうやらそれも嘘なのだろう。自分を大きく見せることが好きなのだろうか。あるいはそれが貴族というものなのかもしれない。
「でもおかしいです」
「何がおかしいの、モン君」
「フーバー家はホントに武門の家柄です、公国内でも有名です」
「もしかしてあいつ自体偽物だったりして」
モンタナが首をかしげる中、アルベルトとコリンが「まっさかー」「でもあるかもしれないぜ」と言って、顔を見合わせて笑う。それから少し笑って、しんと静まり返ったときに、アルベルトが恐る恐る口を開いた。
「まさかホントに偽物じゃないよな?」
「いや、まさか、そんな、ねぇ?」
「ねぇ?」とハルカの方を見られても、ハルカにだってその真偽はわからなかった。