街の力関係
「ユーリ、心細いでしょうから、エニシさんについていってあげてください」
「うん」
「勝手にうろうろしないように伝えてくださいね」
「わかった」
ユーリはぴょんと椅子から飛び降りると、ドロテに連れられて、とぼとぼと歩いて出て行こうとするエニシを追いかける。それを見て、はっと何かに気づいたような顔をしたカオルは、エリに耳打ちをして立ち上がった。
「拙者も外で待っているでござるよ。ギルド内で何もないとは思うでござるが、念のためでござる」
「ありがとうございます」
ギルド内で万が一もないと思うけれど、カオルが外にいてくれるのであれば安心だ。
会議室の中は結局、特級冒険者が二人追加されただけの状態となった。
これをだけと言っていいのか難しいところだけれど。
扉がゆっくりと閉まると、空気を切り替えるようにラルフが咳払いをした。
「一応誤解のないように先に断りを入れておきますと、この場にハルカさん達を呼ぶという話はありました。ただ、お出かけされていることも多いですし、呼び出すのも申し訳ないので、街にいらしたときに経過を話して意見を伺うつもりでした」
少し早口に聞こえるのは、相手がハルカだからだろう。性格上そんな誤解をすることはないだろうとわかっていても、つい言い訳のようなことをしてしまう。
案の定ハルカはきょとんとした顔で問い返す。
「いえ、まず何のお話をされているのか……。確かに私はこの街の冒険者を自負していますが、別になんでも相談していただかなくても大丈夫ですよ?」
「……できれば、ハルカさん達にはこの街にも拠点を持っていただきたいところです。他の宿との軋轢もありませんし、連絡が容易になりますので。もちろん強制ではありませんが」
そういえば本当についさっきも、街に拠点を、というような話をされたことを思い出す。実際街に自分たち用の建物があれば便利なのだ。
「あれば……便利ですが……」
「街としてもメリットのある話です。何であれば今広げている敷地内にあらかじめ土地を確保しておくこともできます」
「いえ、そこまでは……」
「お嬢さんよぉ」
どんどん具体的な話にされている気がして、返事をためらっていると、顔に皺と傷のある老爺が口を開く。ガラガラとしわがれているがよく通る声だった。顔と態度、それに目力も相まって威圧感がある。
この街でハルカにこんな態度をとれるものがいったい何人いるだろうか。
「儂らとしちゃあ、中途半端されるよりは、しっかり〈オランズ〉の所属って形を見せてもらった方がやりやすいのよ。特にそっちで問題ねぇのなら、屋敷の一軒くらいポンと受け取ってもらえやしねぇかねぇ?」
「……グリューさん、今は私が話しているところです」
「話が進まなさそうだから爺が気を利かせてやったんだろうに。ああ、こっちは一方的に知っているが、お嬢さんは知らねぇか。儂は【悪党の宝】の宿主、グリュー=シルベッグってもんだ。以後お見知りおきをってな」
ああ、コリンやモンタナと一緒に来ればよかった、と後悔してももう遅い。
めんどくさそうな場に完全に巻き込まれたハルカである。当然ノクトは助け舟を出さずに高みの見物だ。
仕方なくハルカは腹をくくると、キリッと表情を引き締め、いかつい老人と正面から向き合った。
「ハルカ=ヤマギシです。こちらにも備えの拠点を持つこと自体は検討しています。グリューさんのお話では、まるで屋敷を頂けるように聞こえます。そんな義理はないはずですが」
グリューは大げさにのけぞって、カッカッと笑ってみせた。
「儂らを恩知らずにする気か? アンデッドの一件で、こいつが言ったはずじゃぜ? 家や土地のことであれば相談に乗るとな。それが待ったところで人を正規以上の値段で雇っただけときた。儂は新築の数軒くらいぽぽんと贈る気でおったんじゃぜ?」
隣でおとなしく座っているオウティを顎で示して、歯をむき出しにする。恩を受けている身で脅すような態度なのはもはや生き方なのだろう。
「あまりそちらに世話になってばかりだと、バランスが悪くなるでしょう。もし作るのであれば、きちんと支払いをします」
「逆じゃぜ。今儂らは戦々恐々としている。お嬢さんは【金色の翼】と【ハン商会】、それにラルフ支部長と距離が近すぎる。今濃い縁がないものは困っておるんじゃぜ?」
すました顔をしているのは、名前を出された三人だけで他の面々は真剣な顔をして話の推移を見守っている。
「私が仲良くしているからと言って、恐れる理由はないと思いますが」
「商売敵になったら、特級が敵に回るかもしれない。それだけじゃない、お嬢さんはこの街の英雄だ。影響力がありすぎる。今やお嬢さんが否と言えば、この街で商売をやっていくのは難しいところまで来ているんじゃぜ? わかったらほれ、儂からポンとでかい屋敷でも受け取っておくんだな。これは今まで縁のなかった商人たちと連名でってことにしてやってもいい」
話が大きくなっていき、ハルカは眉を顰めた。
幾人かの商人がごくりと唾をのんで緊張したが、何もハルカは怒っているわけではない。困惑しているのだ。
影響力というものを甘く見ていた。
ノクトについさっき話されたことともつながってくる話だった。
少し窮屈だ。
そう思ってしまってから、ふーっと息を吐いて口を開く。
「持ち帰り、仲間と前向きに検討します。……まさかその話をするためにここに集まっていたわけではないでしょう? 本来話すべきことを進めてください」
ラルフに目を向けると、少しだけ困った顔。
まさかと思い待っているとラルフは言った。
「半分は、この話をするためでした」
ショウ=ハンやヴィーチェが口を挟まないのはそういうわけだったのだ。
すでに十分以上に不安がたまっての会議開催だったからこそ、これだけ人がちゃんと集まっていたのだ。
ハルカは平然とした顔を装いつつも、胃に幻の痛みを覚えるくらいにはプレッシャーを感じていた。
相変わらずこういう場にはすこぶる弱い。
「……では、とにかく、もう半分の話をお願いします」
これしかないと、その一点で逃げを打ったハルカを、ノクトは相変わらず楽しそうに隣で眺めていた。





