会議室
貰って持ち切れなくなった食べ物を、障壁で作ったかごに入れて運ぶ。
ちょくちょくエニシが手を伸ばしてつまんでは、幸せそうな顔をして食べている。
一口が小さいのは行儀がいいのだが、食べ歩きは行儀が悪い。
なんというか、国から逃げ出した割には楽しんでいる。
この切り替えの上手さこそ、エニシが大陸にやってきてからもうまく生きてこられたコツかもしれない。
「それで、これからはどこに?」
「一応ラルフさんに会いに行こうかなと。サラさんは今ギルドの宿舎で暮らしているでしょうから、会えるかもしれませんし」
「ラルフさんというのは?」
「〈オランズ〉の冒険者ギルドの支部長をしています。ここに来たばかりの時随分と助けてもらったんですよ」
「ほう……、それはさぞかし凄腕なんだろうな」
凄腕、と言われるとちょっと微妙なところだが、その人格には何の問題はない。
強いてあげるのなら女性関係のトラブルだけれど、それも今は妻ができて落ち着いているはずだ。
「そうですね、信頼できる人だと思います」
「ふむ……、そういった人物と知己を得られるのは良いことだな」
国元へ帰って活用する気満々だ。
十分に満足できる環境を与えられていても、元の目的を見失っていないところは、流石のメンタリティである。
ぞろぞろと冒険者ギルドの扉をくぐる。
昼前だとぽつりぽつりとしか冒険者はおらず、誰もがくつろいでいるような状況だ。
ハルカ達が来ると、だらだらとしてる冒険者はなんとなしに入り口を見て、少しだけ姿勢を正した。怖がっているという感じではなく、そわそわと様子を窺っているような状態だ。
見られていることには気づいたハルカだったけれど、嫌な感じは受けないので、そのまま歩いて受付へ向かう。
受付にも数人冒険者が立っていたけれど、丁度いいことに顔なじみのドロテの手が空いてそうだ。
「こんにちは……、今日はどうされましたか?」
眼鏡をかけたドロテは素早く目を走らせて、モンタナの姿がないことを確認してきりっとした顔を作る。どちらにせよきりっとした表情ではあるのだが、気合の入り方がちょっとだけ違うのかもしれない。
「ラルフさんはいらっしゃいますか? ナギの件のお礼も含めて、街の拡張工事の話をしたいのですが……」
「支部長でしたらいらっしゃいますが、今は街の代表者の方々と話をされています」
「あ、そうですか、でしたら日を改めて……」
「いえ、ハルカさんさえ気にしないならお通しします」
「お邪魔にならないでしょうか」
ドロテはさっと周りの受付の混み具合を確認して立ち上がる。
「むしろ参加していただいた方がいいと思います。遠慮しないでください。ご案内しますから」
ハルカの性格をよくわかっているから、というのもあるし、単純に特級冒険者を優先するべきという事情もあるだろう。それでもわずかに迷いがあったハルカだったが、先ほどのノクトの話を思い出して「では、お願いします」と頷いた。
いつもの執務室ではなく、広い会議室のような場に案内されると、そこには見知った顔がいくつかあった。
横長の大きなテーブルの誕生日席に支部長のラルフ。
それから向かって右に、ハルカも世話になったことのある商会長や、大店の商人たち。その中にはコリンの父親であるショウ=ハンも座っている。
左側には街の冒険者たち。
【金色の翼】のヴィーチェと、やや緊張しているように見えるエリ。
一級冒険者である槍使いのシャフト。
【悪党の宝】のオウティと、顔に深い皺と傷がいくつも刻まれた老人。
街の中心人物をかき集めました、というような豪華な面々が顔をそろえていた。
「ハルカさん、いい時に来てくれました。空いているお席へどうぞ」
「あ、はい……」
ハルカはラルフに促されるままに末席へ向かい、椅子を引いてユーリを座らせてから、自分も腰掛け
る。
「カオルはこっち」
エリに小声と共に手招きをされ、カオルはそろそろと歩いていき、その隣に腰をおろす。
エニシが当然のように澄ました顔をして、ハルカの隣に座ったところで、ノクトが横目でラルフの方を見て尋ねた。
「これ、街の話し合いですよねぇ。僕がいてもいいんですかぁ?」
少しばかり表情を固くしたラルフは、ハルカに接する時よりもかなり礼儀正しく頭を下げた。
「……良かったらぜひお願いします。この場にいる皆さんにご紹介してもよろしいですか?」
「いいですよぉ」
いく人かの商人が怪訝そうな表情をしていることに対するフォローだろう。
「では……、ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、そちらは特級冒険者ノクト=メイトランド殿です。ハルカさんの師匠であり、【月の道標】の宿主でもあります。【独立商業都市国家プレイヌ】にも携わっている方ですので、街の話し合いではありますが、特別に参加していただきたいと考えます。反対される方はいらっしゃいますか?」
この決議には当然誰一人反対の声をあげない。
続いてラルフは、少し困り顔でハルカの方を見た。
「あの、お隣の方は?」
「あー……、エニシさん、外で待っていてもらえますか?」
ハルカが小声でお願いすると、嘘だろ、みたいな顔をして見上げてくるエニシ。
当然ダメなことがわかっているくせに、少しでも情報を手に入れようと居座る気でいる。
ハルカもそういう性格をしていることがなんとなく分かり始めていたから、そのおねだりに負けずに再度退室を促す。
「駄目ですよ、そういうズルは。わかっているでしょう?」
「……すまなんだ、出ていく」
たまにはこんな聞き分けの悪い仲間がいる方が、ハルカにとっては勉強になるのではないだろうかと、ノクトは二人のやりとりを眺めながら考えるのであった。





