力があるということ
「まぁしかし、ハルカさんの性格を考えるといい案かもしれませんねぇ。その手の込んだ名刺を見せれば、資金力は一目でわかりますし、身分も伝わりますからねぇ」
「本当はこれを配るつもりだったんですけど……、ちょっと豪華すぎて見せるだけになっちゃうかもしれません。嫌みに思われないでしょうか」
ノクトは呆れた顔で笑いながら答える。
「あのですねぇ、ハルカさん。あなた、特級冒険者なんですよぉ? 人の目を気にしすぎです。立場がある人というのは、いくら気を使おうが批判をされるものです。いちいちそれを全て気にしていたら、呼吸をするのも億劫になってしまいますよぉ?」
「……批判されるのは、悪い部分があるからでは?」
「そうですねぇ、批判をする人にとって、都合の悪い部分があるのかもしれませんねぇ。極端な話をすれば、盗賊にとってそれを取り締まる騎士は、都合の、悪い人ですよねぇ。誰かの批判を気にするのではなく、自分の行動の結果が何を引き起こすのかを主軸に考えたほうがいいでしょう。もし気にするのであれば、自分のために注意してくれる人の言葉だけで十分です」
「そういうものですか」
「よくある葛藤の、一つの考え方ですねぇ。ハルカさんなりの答えを探してみるのもいいと思いますよぉ」
「わかりました、ありがとうございます。せっかく作ってもらいましたし、機会があれば使っていきましょう」
せっかく作ってもらったのに死蔵していては、あの職人に怒られてしまうかもしれない。
そう考えると、使うことにもちょっとためらいがなくなるハルカである。
「実際のところ、立場がある者には偉そうにしてもらっておいた方がいいのだろうな」
思うところがあるのか、エニシも話に入ってくる。
「どういうことですか?」
「うむ、心当たりはないか? 上に立つものを批判すると、自らの至らなさから目を逸らすことができる。理不尽をそのせいにして耐えることもできる。あまりに行き過ぎると面倒ごとが起きるから、そこは調整せねばならんが……。憎まれるのも仕事の一つなのだろうなと、思うことがあるのだ」
エニシは前を向いて平然と言葉を紡いでいるのだが、ハルカには少し切ない表情をしているように見えた。
批判を一身に受け止め、自らを死んだことにして国から逃げ出してきたという、エニシの背景を知っているからかもしれない。
やや重たくなった空気の中、変わらぬ調子のノクトが指を一本振りながら口を開く。
「しかし特級冒険者というのはぁ、実際には上も下もないような身分です。自分の力に依って好き放題生きていいわけです。やり過ぎると怖いおじさんがやってくることもありますけどねぇ」
ハルカはぱっと頭に思い浮かんだ人物を、ゆるりと首を振って消し去った。
思い浮かべた人物は、顏こそ怖いけれど、普通に接していれば、ちょっとぶっきらぼうなだけで優しい人だ。
「ほう、冒険者にもそのような機関があるのか」
「いえ? 機関というより、ギルドからお願いされるんですねぇ。あるいは単純に気に食わないから、という時もありますが」
「もし強い奴が結託して暴れたら大変じゃないか?」
素直に疑問を口にするエニシに、ノクトはのんびりと答える。
「それは冒険者として活動してなくても同じでしょう? それに、本当に強い冒険者の多くは、個性が強すぎてなかなか手を組むことがないんですよねぇ……」
「あぁ……、なんだかわかる気がするぞ……」
「というか、手を組むよりも、自分一人でなんとかできることが多すぎるんでしょうかねぇ」
「あれは……、そういう思考なのか。我の国でもたまにいるのだ、戦場で暴れまわるような一匹狼が。戦場を技の実験場か何かと勘違いしている化生のような人間が」
それに関しても一人思い浮かぶ顔がある。
『ふはっ』と笑いながら戦場を飛び回る姿を想像するのは容易だった。
「ところで……、特級冒険者がその類だとして、その数はどれくらいおるのだ?」
「さぁ、僕もすべては把握していませんからねぇ……。制度を考えると百人はいるんじゃないですかねぇ……。そのすべてが圧倒的な戦力を持っているわけではありませんが」
「うーむ、多いな……」
「そちらの国は、育ち切る前に命を落とすことが多そうですからねぇ……」
【神龍国朧】は人口もそれなりに多いのだが、狭い土地での殺し合いが多すぎて、大陸であれば育つような強者も、芽が出始めたころに戦場で命を落としてしまうことが多い。
結果修羅の地であるのにもかかわらず、圧倒的な強者が生まれにくいのだ。
「なるほど、それも理由の一つか。ひとつ面白い話があってな。百年近く前になぁ、当時の巫女の頂点にいたものを攫っていった男がいたのだ」
エニシは目細めてぼんやりと空を見る。
「各地から選りすぐった強者をばっさばっさと斬り倒し、その身は血でまみれておったが、致命傷は一切受けておらなかったとか。当時でこそ国を挙げての敵扱いであったが、今ではこれぞ戦人の誉と話されている。しかしどうも調べてみると、あの者は大陸からやって来た強き者であったとか。今では『鬼神の嫁取り』という昔話にされておってなぁ……。おそらく大陸の者に侍が負けたことが許せなかったのだろうよ。人の口に戸は立てられぬから、嫁をさらっていった者を人、ではなく鬼、としたわけだな」
「へ、へぇ……、なんだか素敵な話ですね」
今日は脳内に同じ人物の顔がよく浮かぶ日である。
ハルカは目をそっと横合いの店に逸らしながら相槌を打った。
「そうだろう? 巫女の間ではこっそりと人気な話なのだ。そこまで愛されるのはある種女の夢であるよな。我も、小さなころはそんな鬼神のような強き男が迎えに来てくれることを夢見たものだ……」
「ふへ、ふへへ」
「何を笑っているのだ?」
「いえ、なんでもないですけどねぇ、そうですかぁ。まるで王子様ですねぇ」
「うむ、巫女の間では大人気だ」
今度本人に会ったときにちょっとからかってやろう、そんな思考が透けて見えるノクトの笑いだった。





