威厳を保つためには
武装した冒険者、主にカオルのことだが、がやってくると、路地裏の住人たちはそそくさとその場を明け渡す。
「どうぞ」とカオルにすすめられて、店の裏手に積み上げられた箱の上にちょこんと座ったエニシは、目を細くして狭い空を見上げていた。
いかにもな雰囲気を出して沈黙を保っているけれど、知っている顔に何をどう言い訳したらいいか悩んでいるだけだ。
「エニシ様は、どうして大陸に……?」
「……問おう。お主こそなぜ大陸に?」
二人して沈黙。
カオルにしても触れられたくない部分だったらしい。
しかしこれをチャンスと見たエニシは続ける。
「カジ家は確か、末の弟が十になるまでは、お主が当主をすることになっていたのだったか?」
「エニシ様」
「なんだ」
「お互いに事情を探り合うのはやめにしないでござるか?」
「ふむ……、それなりの事情があるか。ではそうしよう」
二人はそれで納得したようだけれど、聞いているハルカ達は何が何やらである。
これではわざわざ人のいない場所までやって来た意味が殆んどない。
「いかにもな雰囲気を出していましたが、そんなに仲が良かったわけじゃないんですかねぇ……」
ノクトが呟くと、カオルは人差し指で頬をかく。
「エニシ様と言えば、今代の神龍島の総代でござる。運命を視る目により、コトホギの格式を上げ、多くの大名たちによって支持され、【神龍国朧】の人死にを半分以下にまで減らしたでござる。拙者が国を後にした頃に、何やら不穏な噂は聞いていたでござるが……」
エニシがそっと目を逸らしてまた空を見上げる。
そのまま話を進められると、話したくないことを話さなければいけなくなるからだ。
知らない土地で折角崇めてくれる人を見つけたのだから、国から逃げ出してきたなんてわざわざ伝えたくない。
「不穏な噂、ですか?」
「そうでござる。運命を視る力がなくなったのではないか、と。思うように戦ができぬことを疎ましく思った大名の一部が流した噂と考えてたでござるが……まさか……?」
「カジ家の娘よ」
「はっははっ」
「なぜ探るのだ。この話は止めようと話したではないか」
カオルは顎に手を当てて俯いてから、まだ威厳を保とうと努力しているエニシをじっと見て、かくんと首をかしげる。
「もしかして、本当に運命が視れなくなって、神龍島から逃げてきたでござるか?」
「ちっ……違うが?」
「今舌打ちしたでござる?」
「してない」
カオルはまた少し考えてから、エニシではなくノクトの方を向く。
「ノクト殿?」
「当たりですねぇ」
「あーあーあー、我が言ってないのにそういうこと言うの良くないと思うぞ!」
「往生際が悪いですよぉ」
ほぼ確信を持っている相手にいつまでも隠し事をするのは時間の無駄だ。
カオルが悪い人物でないことを知っているノクトはあっさりと事情を漏らした。
「そうだよ、どうせ我は都落ちした駄目巫女だ! でもな、我はちゃんと今でも国のことを憂いておるのだ。遊んでおるわけではないのだ、本当だぞ」
両手に持っているご飯と、子供向けのお菓子がその言葉の信ぴょう性をやや下げていたが、カオルはまぁ一応信じることにした。
何より運命を視られるはずのエニシが、ハルカ達と一緒にいることが、その証拠であるように思えたからだ。
「大変でござるな、エニシ様も……」
「し、信じてくれるのか?」
「信じるでござるよ。エニシ様の調停でカジ家は永らえ、拙者の弟は当主の座に就くことができたでござる。拙者、国へ帰るわけには参らぬが、できることがあれば喜んで手を貸すでござる」
「カジ家の娘よ……、国では我は死んだことになっておる。恩に報いられぬかもしれぬぞ?」
「構わないでござるよ。それから、拙者のことはカオルと」
「カオル……、世話になる、頼むぞ……」
いい話風に収まったところで、カオルはエニシに近寄ってこそっと耳打ちする。
「ところでエニシ様、拠点の風呂には入ったでござるか?」
「うむ……、まさかこの地であのような贅沢な風呂に入れるとは……」
やることもなく拠点内をうろついていたエニシは、かなり早い段階で風呂を見つけて、ハルカにねだって毎日のように湯につかっている。
久々に食事をしたとき同様、泣きながら礼を言われてしまったので、ハルカとしてもそれだけ喜んでもらえるならと、毎日お湯を張ってあげていた。
「……というわけでござるから、拙者、本日よりまたそちらの拠点にお世話になるでござるよ」
「あ、はい、お風呂入るんですね」
「そ、それは、入れたら嬉しいでござるが」
ハルカの耳は結構いいので、ひそひそ話も聞こえてしまっている。
迷惑ではないから素直に言えばいいのにと思って、笑いながらの問いかけだ。
「エリ殿も、またノクト殿に師事したいと言っていたでござるし、できれば一緒に連れて帰ってほしいでござるよ。ああ、サラ殿のことは、アルビナが思いのほか仲良くしてくれているので、心配ないと思うでござる」
「アルビナさんがですか?」
「後輩と引き合わせる作戦が成功したでござるよ」
自信満々に胸を張るカオルだが、ハルカはアルビナが先輩としてしっかり冒険者をしている姿が想像つかない。
「疑うわけではないのですが……、街にいる間に一度様子を見に行きたいですね」
アルビナと言えば、初対面のハルカに泥棒猫と言い放ち、レジーナを怒らせた腕白少女だ。実力は確かにあるようだが、どうも素行に問題があるという話をされていた。
この機会に先輩としての自覚を、ということでサラや他の若手冒険者と引き合わせる作戦であったが、太鼓判を押すほどにうまくいくとは思っていなかったハルカである。
少しだけ苦手意識があったので、先ほどもあまり話をしなかったけれど、そんな話ならしっかり挨拶をしておけばよかったと、ハルカは路地を振り返った。
「アルビナさん、もう買い物行ってますよね」
「そうでござるなぁ……。……ああ、長らく引き留めて申し訳なかったでござるよ。どこかへ行く途中だったのでござろう?」
「ああ、ちょっと鍛冶屋に用事がありまして」
話している間にすっかり目的を忘れるところだった。
最後に怒らせてしまって、逃げるように依頼をしてきたので、どうなっているか少し心配である。
「ふむ、折角だからお供させていただいてもいいでござるか?」
「もちろん、カオルさんさえよければ」
頼んだ老人は、プライドの高そうな職人だった。
見た目が子供の仲間ばかり引き連れていくよりは、凛としたカオルが一緒にいたほうが、もしかしたら先方の機嫌もちょっとは良くなるかもしれない。
そんな思いからハルカは同行を快諾した。
ハルカ達は来た道を少しばかり戻り、そうして老人が経営する街の鍛冶屋がある場所へ向かって歩いていくのだった。





