ござる
【独立商業都市国家プレイヌ】の商人は、冒険者に仕事を回すことを一つの役割と認識している。これほど自由に商売ができる国はないし、それを維持するためには武力としての冒険者を育てるべきだと理解しているからだ。
頻繁に行われる街の拡張工事もその一環だ。
難しい作業以外は主に下級冒険者たちの仕事とされている。
こういった仕事を増やし、冒険者としての生活を保障することで、優秀な人材を発掘しているのだ。
この工事現場にも、そんな未来の優秀な冒険者たちがまぎれていた。
あまりに数が多いからハルカ達は気づかなかったが、実はその中にサラもまぎれている。
近くにいるとわからないけれど、離れてみると〈オランズ〉における、【竜の庭】の立ち位置がよくわかる。
サラは土まみれになりながらも、自分もあの中にいるのにふさわしくなるのだと、こっそり気合を入れ直すのであった。
街に入るのには身分がいる。
商人ならば商人組合に登録された組合証だし、冒険者ならギルドが発行したタグだ。
その他であると、イーストンが使っていたような、他国の領主か国が発行した証明がいるが、エニシの場合そのどれをも持っていない。では以前はどうして〈アシュドゥル〉の街へ入ったのかというと、金を積み、荷物に紛れてこっそりとである。
〈オランズ〉の街でもそうするわけにはいかないから、今回の場合はハルカの保証によって街に入った。街に縁の深い特級や一級冒険者には、そんな権限もあるのだ。
数日間滞在する予定だからと、まず初めに宿を取り、それぞれが好きなことをやり始める。街に一緒に来たからといって、常にみんなで行動するわけではない。
みんなして押し掛けるよりは、街をふらついているうちにサラの姿を見つけるという方が自然だから、というハルカの意見を採用した形になる。
例えばレジーナなんかは、すぐにふらっとどこかへ行ってしまったし、モンタナもいそいそと露店を出す用意をしている。
「私も買い物いこっかな。シャディヤも一緒に行こ? こっち来てからあまり化粧品とか見れてないでしょ」
「あ、そうですね、助かります! ユーリはどうする?」
「ママと一緒にいる」
前世は女の子と言えど、化粧とかにはあまり興味を持ったことのないユーリだ。
まして今世は男であるから、その買い物に付き合うよりはハルカと一緒にいたい。
「エニシちゃんは?」
「ん? 我はハルカと一緒にいる」
「ハルカはー……行かないよね」
コリンはハルカが化粧をしたり、香を焚いたりしているのを見たことがない。
街に出ても気にするのはもっぱら食べ物関連だ。
「そうですね……、頼んでいた名刺を見に行きたいですし」
「じゃー、解散! シャディヤ、行くよー」
「あ、はーい」
女の子らしい仲間が増えたのか、コリンもうきうきである。
アルベルトは全く興味がなさそうにそれを見送ってから、「んじゃ、俺も友達に会ってくるわ」と言って部屋から出ていく。
アルベルトは街の育ちだから、意外と知り合いが多い。
アルベルトよりも後に冒険者デビューした友人なんかもいるらしく、街に来ると思いだしたかのように会いに行くことがあった。
男なんて言うのは普段から連絡を取らなくても、案外再会をすると、昔と変わらず楽しく話せるものである。
残ったのはハルカとノクトの特級師弟と、ユーリにエニシの見た目子ども組だ。
実際に四人で歩いた場合、ハルカが子供を三人連れて歩いているような絵面になるのだけれど。
「さぁて、たまには僕も歩きましょうかねぇ。ゆっくり歩いてくださいねぇ」
ずりずりと尻尾を引きずりながら歩き出すノクトは、なんだか楽しそうだ。
最近はずっと留守番をしていたので少しばかり退屈していたのかもしれない。
「それでは名刺ができているかもしれませんから、そちらへ行きましょうか」
「いいですよぉ、前歩いてくださいねぇ」
右にエニシ、左にユーリ、後ろにノクトを配置して街を歩きだす。
商店街をうろつくと、あっちこっちから声がかかっていつの間にやらハルカ達の手は食べ物でいっぱいになっていた。
「これなら街を歩くだけで飢えることもないな。我、この街に永住したくなってきた」
「あなただけで歩いても貰えないですけどねぇ」
「じゃあ我、ハルカの娘になる」
飢えに耐えた期間が長すぎて、少々目的を見失っているようだ。
冗談とはいえとんでも発言にハルカが苦笑していると、横合いからそれを否定する声が飛んでくる。
「だめ」
「なんでユーリが否定するのだ」
「だめだからだめ」
多分独占欲と呼ばれるものなのだが、ユーリは今一つ分からないままエニシの言葉を否定する。もやもやのままに言葉を発せられるようになったのは、今世のユーリが大事に育てられているからだろう。
というかそうでなくとも、ハルカだって三十八歳女性を娘として迎え入れるのには、やや抵抗がある。
前世と合わせても十歳も差がない。
今世に至っては書類上は年上である。
「一応私、二十歳なので。年上の娘はちょっと」
「そうだったのか。てっきり近い年齢だと思っていた……、あいや、これは失礼だったな。見た目の話ではないのだ、落ち着いているからそう思っただけでな」
「いえ、年上にみられるのは嫌な気分ではありませんから」
「そうかそうか、ではこれからは母上と」
「だめ」
「否定が早い、我は保護者が欲しいだけなのに」
「十分保護しているつもりなんですが……」
「親子関係を築いておいた方が突然投げ出される可能性が低くなる」
「変なことをしなければ投げだしませんよ」
話しながら商店街のメインストリートから外れて裏道を歩き出したところで、正面からばったりと知った顔に出くわした。
「ハルカ殿、街に来ていたんでござるな」
「カオルさんにアルビナさん、お買い物ですか?」
ぞろぞろと女性を三人ばかり連れて、皆が皆両手に手提げを持っている。
食料の買い出しに来たのだろうというのが一目でわかった。
「そうでござる。今日はユーリ殿とノクト殿も一緒なんでござるな。それから……、へ?」
ござる口調を聞いて、素早くハルカの後ろに隠れたエニシだったが、背の高いカオルが体を傾ければその姿は丸見えになってしまう。
何かを言いかけたカオルの言葉は、
「……んんんん? ハルカ殿、そ、そちらは?」
「え、ああ……こちらは」
ハルカが紹介をしようとした瞬間、観念したエニシが背筋を伸ばし、凛とした表情を作ってそっと歩み出てきてカオルに正対した。
「カジ家のご息女ですね。息災でしたか?」
「は、ハルカ殿、こ、こちらは……その、まさか、エニシ様ですか?」
「ええ、まぁ、はい」
「ど、どうして……? 鴉がいる気配もないでござるし、まさかお一人で……?」
「事情あってのことです。少しばかりお時間を頂けますか……?」
「もちろん、もちろんでござる! あ、アルビナ、悪いけれど、買い物を頼んでいいでござるか?」
「別にいいけど……。何、知り合い?」
「それは、もう……」
「カジ殿」
エニシが事情を語ろうとするカオルの家名を呼んで、ゆったりと首を横に振る。
「事情があるのです」
「承知したでござる。……まずは人のいないところへ」
両手に食べ物を持ったエニシ。
それでもちょっとだけ神秘的な雰囲気を醸し出せるのは、やはり経験あってのことか。
嫌にまじめな対応をするカオルに、ハルカとユーリは首を傾げ、ノクトは楽しそうにニコニコとほほ笑みながらついていく。
「……なんだよ、あたしも話したい事あったのに」
「後で構ってもらいましょうね」
「うんうん、お姉さんたちと一緒に買い物行こうね」
「子ども扱いするなって、あたしももう十五歳になったんだからな!」
「そうね、アルビナは偉いわね」
アルビナは唇を尖らせてつぶやいたが、それはハルカに拾われることはなく、ただ周りのお姉さま方にかわいがられるだけの結果に終わるのだった。





