拡張工事
いつもハルカ達が入る門の付近へ来て、初めて違和感に気づく。
外壁が壊され、新しい壁が作り始められているのだ。
たくさんの作業員、おそらく冒険者が元気に作業を続けている。
間違って踏みつぶしては大変だと、ナギはぐるりと旋回して少し離れた場所に着陸した。
作業員たちが手を止めて空を見上げている姿がほほえましい。
蜘蛛の子を散らすように逃げていかないのは、ここ〈オランズ〉の街がナギの存在に慣れている証拠だろう。
ハルカ達は地面に降りると、ナギを後ろに連れて門の方へ歩き始めたが、途中ではたと〈アシュドゥル〉の遺跡冒険者の話を思い出し足を止めた。
「ちょっと先にいって事情を聴いてきます」
「そですね、待ってるです」
ハルカが先行して話をしにいくのはいつものことだ。
相手が油断のならない相手ならばモンタナやコリンがついていくこともあるが、そうでなければ大抵のことは任せられている。
なんだかんだと、その判断が著しく間違っていることもないので、信用されているということなのだろう。
歩き出したハルカにエニシがすっと付いてくる。
「どうしました?」
「うむ、運命があの〈アシュドゥル〉の街を差したのは、おそらくハルカを起点として何かがわかるからだと思ってな。できる限りついていってみようかと」
「危ない時もありますよ」
「我か弱いから、守って?」
小首をかしげてキラキラした目を向けてくるエニシ。
ハルカとしては、まぁ、かわいいなぁとは思うけれど、それ以上の使命感のようなものはわいてこない。
一方で、プライドが結構高いのに、守ってもらいたくてそんな仕草をしていると思うと少しだけ申し訳ない気持ちにもなった。
「そんなことをしなくてもいいんですよ。一緒にいる時はできる限り守りますから」
エニシが作った笑みが少しひきつる。
「ふぐぅ……、我の想定している反応と違う……。やはり同性の美女には効かぬのか? いや、こやつらの拠点にいる冒険者とかいう奴の大概に効かぬ気がする……」
「あの、いろいろ事情があるのはわかっていますから」
「やめい……、余計につらくなる……」
何も返せるものがないからと、せめてかわいらしさによって相手のやる気を出させようとしていたのに、作戦は失敗であった。
下心がないタイプの相手にはあまり効果のない作戦であるし、そもそもエニシも神龍島で長いことちやほやされていたから感覚が狂っているのだろう。
【神龍国朧】であれば、コトホギの一族、巫女の代表がかわいい顔でお願いしたら、喜んで頼みを聞いてくれる人がさぞかしたくさんいたことだろう。
残念ながらここは北方大陸で、しかも相手は冒険者の中でも特別感覚がずれているハルカである。
場所も相手も悪い。
まず念頭に、交渉よりも頼みごとをした方が話が早い相手であることを理解した方がいい。
エニシがやっていることはただの自爆である。
そんなことはさておき、門の近くにたどり着いたハルカに門番から声がかかる。
「お、ハルカさんじゃねぇの」
ほとんど門番専門みたいになっている冒険者、ノルドが気安い調子で片手をあげて挨拶をしてきた。
「はい、しばらくですね。お元気そうで何よりです。あれから来れてませんでしたが、レートンさんも元気でしょうか?」
「おお、あいつならな」
ノルドが振り仰ぐと、上から声が降ってくる。
「お、おー! ハルカさん! 元気だ、おかげさんで元気だ!」
話しているのが聞こえたのか、壁の上からレートンが顔を出す。
「なによりです。この工事は何を?」
「ああ、ちょっと待っててくれ、下降りるから」
レートンが顔をひっこめると、そのままノルドが話を受け継いだ。
「街の拡張工事だよ。ほれ、人口も増えたし、詳細は知らんがなんか大きな話がきたらしくてな」
「そういえば私が冒険者になった頃にもやっていましたね、拡張工事。これほど大規模ではありませんでしたが」
ハルカには穴を掘ったり土を運んだりした記憶が確かにあった。
その頃は壁の補強もかねてだったが、今回はもっと広い範囲でやっているようだ。
門の上には冒険者を配置しているけれど、物見やぐら代わりに残しているだけで、きっとこれもそのうち壊して作り直すのだろう。
ハルカは大きな話というのにも心当たりがあった。
おそらくオラクル教の騎士団の話がそれに相当する。
今後、破壊者の脅威をオラクル教が広げていくのであれば、騎士団だけではなく、王国や公国の兵士の駐屯地も作られるかもしれない。
内政にさえ干渉されなければ、【独立商業都市国家プレイヌ】はその辺の縛りが酷く緩い。
内部で暴れられても、この国を愛する冒険者達さえいればすぐに取り戻すことができると確信があるからである。
「ああ、広がった敷地にな、ナギが着陸できる場所も作るらしいぜ。いつも街の外だとかわいそうだからってさ」
「え……? お金とか出していませんが大丈夫ですか?」
ノルドがからからと笑う。
「いいんだよそんなの。ハルカさん達は街の恩人だ。それにナギがいないときは俺ら年を食った門番冒険者が憩いの場として使ってやるさ」
「そうだなぁ、いい訓練場にもなると思う」
今度は降りてきたレートンがそれに同意し、話を引き継ぐ。
「それで……、今日はどうしたんだい?」
「ああ、ちょっと街にのんびりしに来たんです。物の調達をしたり、用事を済ませたりして、数日したら拠点に戻ります」
「そうかぁ……。本当はハルカさん達には街にも拠点を置いてほしいんだがなぁ。頻繁に戻ってくるなら検討してもいいんじゃないかい? 大きなものでなければ、屋敷も探して見繕っておくけどなぁ」
考えないでもないのだが、手広くやり過ぎるとそれはそれでトラブルに対応し難い。もしそうするとしてもオラクル教の騎士がやってきてからかなというのがハルカ達の考えだ。
「ありがとうございます。ああ、そうだ、ナギをこの辺りまで連れてきても大丈夫ですか? 工事のお邪魔にならないかと思って待たせているのですが」
「ああ、いい、いい。空いた場所に適当に連れてきてくれ。ナギがいてくれるなら、森から魔物が出てくることもないだろうからな。警備に立っている冒険者は楽できるだろうよ」
手を横に振りながらの軽い返答だった。
そんな態度でも門番の仕事は長いので、ノルドがそう言うのなら、おそらく本当に問題ないはずだ。
「ははは、そうですか。では戻って連れてきます」
「おう、待ってる。そっちのお嬢さんの話もその時にな」
「ええ、まぁ、そうしましょうか」
エニシに関しては身分の証明が難しいので、返答に悩んだハルカである。
しかし気心の知れた門番たちだ。
ちゃんと説明すれば大丈夫だろうと、ハルカは気楽に答えて仲間たちの下へ戻っていく。
「随分と、好かれておるのだなぁ」
静かに話を聞いていたエニシがしみじみと言う。
「ええ、私はこの街で冒険者になりましたから」
ハルカは誇らしげに当たり前のように答えたけれど、故郷から逃げ出してきたエニシには、その姿が少しまぶしく見えるのであった。





