大所帯
拠点でのんびりと過ごすことおよそひと月。
それはハルカ達が拠点に戻ってきたというのに、街へ出て行かなかった期間でもある。
蓄えは十分にあるし、急に必要なものがあるわけでもないからというのが理由であったけど、もう一つハルカがそれを口にしなかった理由もあった。
それは、街に行ったらまず間違いなくサラの様子を見に行ってしまうということだ。
ハルカの感覚からすると、ようやく一人暮らしを始めた年頃の女の子の様子を見に行くのは、かなり野暮なことなのだ。
まさか嫌われることはないだろうと思っていても、めんどくさい人だなと思われるのもちょっと嫌だ。
アルベルトやモンタナは元々頻繁に街へ行く方でもないし、コリンは最近竜便の従業員となにやら打ち合わせをしていることが多かった。
世界地図を広げて、街から街への所要時間を調べていたのは、きっと先日オレークに話していたことを真面目に検討していたからだろう。
「ええ、今日は街へ……〈オランズ〉へ行こうかなと思っているんです」
朝食を食べ終わる頃、ややそわそわした様子のハルカが言った。
モンタナはまたなんかハルカが悩んでるんだなと察しながらも、いつもと変わらぬ調子で答える。
「買い物です?」
「ええ、まぁ。ほら、名刺の件がどうなったかなとか。後は調味料とか、細々した足りないものを買い足してこようかなと。昨日のうちに買い物リストも作っておきました。モンタナも行きますか?」
「そですね、行くですか」
折角誘われたのだからと、特に用はないけれどモンタナも同行を了承する。
一人仲間を巻き込めたことにほっとしながら、ハルカはサラの件をどう切り出すか考えていた。
「〈オランズ〉とは、前に通り過ぎた街だな? 我も行きたい」
話を聞いて立候補したのはエニシだ。
この拠点で過ごしていると時がゆっくりと過ぎていく。
訓練の様子を見て、ハルカ達が尋常じゃない強さであることは理解したけれど、それが運命を変えたかと問われればその確信はなかった。
街へ行ってみたいというのは、目的に近付いていないことへのもやもやに対する、一種の気晴らしである。
「ええ、いいですよ」
「あ、でしたら私もいいでしょうか?」
「シャディヤも行くんだな」
エニシが嬉しそうに言うと、シャディヤも笑って答える。
「ええ、エニシちゃんが行くなら行こうかなって」
ちょっとだけお姉さんだと自負しているシャディヤは、戦闘に関して以外のことではいつも子供たちの世話をしているのだ。甥にあたるユーリのことはもちろん、サラのことも、そして最近ではエニシのことも気にかけてあげている。
優しく穏やかに、お姉さんのように接してくれるシャディヤに、エニシはほんのちょっとだけ甘えていた。実は三十八歳だよというのをひた隠し、普通に「えへへ」とかはにかんで甘やかされていた。
年齢を知っている者たちからの目はたまにほんの少しだけ冷たい。
そんなご機嫌なエニシに冷や水を投げかける声が上がった。
「あたしも行く」
「えっ」
「あ?」
「何でもない!」
レジーナという予想外の人物の参戦に、エニシが思わず声を上げる。
あまり街に出かけたりしなさそうなのに、という意味での発言だったが、反応が戻ってきて慌てて首を振る。
レジーナにしても別に威嚇するつもりはそれほどないのだが、エニシがやけに怖がるので、お互いにまだ馴染んでいない。
「でもほんと珍しいー、どうして一緒に行く気になったの?」
コリンが尋ねると、レジーナは当たり前のように答える。
「サラ見に行くんだよ」
「…………もしかして、心配してる、とか?」
「別に。でもたまには見といたほうがいいだろ」
「レジーナ……」
思わずその名前を呼んだのはハルカとコリン、同時だった。
一匹狼だったレジーナが、自分より弱い仲間のことを気にかけている。
これが感動しないはずがなかった。
「んだ、お前ら。見んじゃねぇよ」
色々と思うところがあったのは二人だけじゃなかったらしい。
周りからの視線を一身に受けたレジーナは、こぶしを握って地面を殴った。
でもそんなことで怖がるようなハルカ達ではない。
そして特に思うこともなかったアルベルトだけが、軽い調子でそれに続いた。
「んじゃ俺も行くか。サラも雑用係に飽きてる頃だろ」
「アルじゃないんだから真面目にやってるんじゃない? それじゃ、私もいこっと」
あっという間に大人数になってしまった。
そうして最後に、しばらく話の経過を見ていたノクトも続く。
「たまには僕も行きましょうかねぇ……」
いつも拠点に引きこもってのんびり暮らしているけれど、流石に魔法を教えたサラのことはちょっとだけ気になるらしい。
ユーリが行くことは昨日から約束していたから、これで出かけるのは九人だ。
ご両親はいかないつもりだと昨晩から聞いているし、吸血鬼組は睡眠中。
門番をしているタゴスは、サラとの関わりがあまりないからか、後頭部をかきながら自分の小屋へと帰っていった。
畑仕事があるフロスたちも、それぞれ仕事の準備をしにいったところで、サラの父親であるダスティンが「あの」と声を上げる。
「やっぱり一緒に行きますか?」
心配なのだろうと誘いをかけたハルカに、ダスティンは首を横に振る。
「いやぁ……、サラが自分で決めた道なので。それに、また過保護にして煙たがられるのも嫌ですからね。皆さん、よろしくお願いします」
「はい、わかりました」
似たようなことを考えているのだなぁと、ハルカは内心で少しほっとしながら、ダスティンが心配しないように深く頷いて答えるのであった。





