ダークエルフの瞳は何故赤い
ハルカだって腹が立たないわけではなかった。外に怒りを出すのはあまり得意ではなかったが、それは怒りを感じないと同義ではない。
一生懸命考えて作ったルートだったし、荷物だってみんなと相談して考えて選んできた。考えなしの言動でそれを無下にされて気分が悪かった。
冒険者は荷物持ちじゃない。荷を運ぶ人を馬鹿にするわけではなかったが、冒険者という仕事に憧れやプライドを持っているアルベルトが怒る気持ちも理解はできた。
「ちょっと落ち着いて話をしましょうか」
ギーツの方に近寄って、立ったまま話しかける。
「あー、君は……、君は魔法使いではなかったのかい?」
「そうですが?」
「あ、そう……、ですか」
表情の出ないハルカの顔は、整っている分とても冷たく見えて迫力がある。仲間内で楽しそうに話している姿を何度も見ていたギーツは、ハルカのことを表情の変化の少ないだけの気のいい美人だと思っていた。しかしいざ冷たい口調で詰め寄られると、イメージが変わる。そこには何をするかわからないような怖さがあった。
まして魔法使いだと思っていた女性が、自分と同じくらいの背丈の少年を平気で横に抱えて拘束したのを見た直後だ。ギーツはハルカよりも十センチほど身長が高かったが、力比べをしたら勝てなさそうだと感じていた。
そんなことを考えていると、段々とハルカのことが恐ろしくなってくる。
小さい頃に聞いた怖い話が頭によぎる。
『なんでダークエルフが真っ赤な瞳をしているか知ってる? ダークエルフの瞳が赤い理由はね、たくさん破壊者を倒して、その血をずっと見つめてきたからなのよ。悪いことをしていると、破壊者と間違われてダークエルフに襲われちゃうかもしれない。でも大丈夫、いい子にしてればそんなことはないからね』
まさかそんなわけはない、ふるふると首を振って頭に思い浮かんだ乳母の声を振り払う。そもそもこの冒険者達に依頼をした理由は、遠征をあまりしたことがないらしく、その割に腕が立つらしいこと。子供達から人気が高く優しいと言われていたから、こちらの要求が通りやすそうだと思ったからだ。
本来冒険者なんて、自分のこなした依頼を他人に自慢したいものだから、今回ギーツがつけたような条件は嫌がられて、なかなか受諾してもらえないのだ。
うまく受けてもらった時はしめしめ予定通りだと思ったものだったのだが。
ギーツは表情なく自分をみるハルカの目を見て思う。鮮血のような真っ赤な瞳の色をしている、と。
突然黙り込んでしまったギーツを不審に思いながらもハルカは彼に提案を投げかける。
「こちらからいくつか提案があります。一つ目、とにかくこのままギーツさんが頑張って歩き、毎日できる限り予定通りの距離を踏破する。二つ目、荷運び料金を支払う契約を新たに結んで、私たちに荷物を預ける。三つ目、荷物を整理して頑張って歩く。四つ目、今から戻って新しく護衛を探す。五つ目、ここからは私たちと別れて、自分一人でいく。六つ目、今からギーツさんが私たちの納得のいく行程を考え直す。他にそちらから提案があれば考えます。どうしますか?」
次々と提示される案にギーツは少し混乱する。ハルカへのよくわからない恐怖感も伴って、一つ目の案を選択するしかないのではないかという強迫観念に駆られながら、か細い声で提案をする。
「そ、その、頑張って歩いて、途中の街でロバとか、馬とかを買うというのはどうだ、でしょうか?」
「いいんじゃないでしょうか? 手持ちはありますか?」
妙ちくりんな言い回しにハルカは笑いそうになりながら、真面目な話だと思い、キリッとした顔を保ちながら返事をする。なかなか良さそうな提案だと思えた。
しかしそれをばさっとコリンが切って捨てる。
「多分無理よ。買うとなるとちょうどいいのがいるとは限らないし、ツテもないでしょ? 手持ちのお金じゃ足りないんじゃないかしら」
「借りるのならどうだろうか?」
「余計無理ね。返ってくる保証がないと貸してくれないわ。それでも借りるとなると、買うのとそう大差ない値段になるわ。普通かりるときは大金を支払って、返した時にそこからお金を返してもらうものなのよ。そんなことも知らないの?」
ギーツのついでに、ハルカもそんなことは知らなかったのでちょっと傷ついて落ち込んだが、話し合いをしている手前、まじめな表情は崩さなかった。
「わかった……、しばらく頑張って歩く。どうしてもダメになったらリュックサックの中身をなんとかしよう。今昼食を食べたので少しは軽くなったはずだ」
微々たるものだと思うけど、とハルカは心の中でツッコミを入れる。
「わかりました、ではそうしましょう」
ハルカとしては、別に少しお金を払ってくれれば大きなリュックサックを運んであげる気でいたのだが、ギーツがそれを選ばないなら、まぁいいかなと思っていた。
まさかギーツが自分にビビっていてその選択をすることができなかった、なんてことは夢にも思っていなかった。