運命にすがるのは
「【神龍国朧】にはなぁ、冒険者という仕事がないのだ」
「魔物とか、破壊者とか、誰が相手するです?」
「破壊者というのは……、我らには区別が難しいが、そちらの流儀に合わせるのであれば、天狗や鬼、それに小鬼なんぞも含まれるのか? 我らは前者を区別する言葉は持たぬ。そして、話の通じぬ後者のものどもを妖魔と呼んでいる。失礼を承知で言わせてもらえば、我らからすれば、ダークエルフも獣人も天狗や鬼も同じ、一種族と思っている」
オラクル教を信じているものからすれば、とんでもない侮辱に当たる言葉なのだと思う。しかし、ハルカもモンタナも顔を見合わせはしたものの、それに対して腹を立てるようなことはなかった。
もちろん大陸で暮らしていくのであれば、こちらの常識をよくよく教え込む必要はあるのだけれど、今この時に目くじらを立てるようなことはない。
大陸広しといえど、ハルカ達ほどこの区分けをよく理解できるものは殆んどいないはずだ。
エニシはそっとハルカやモンタナの表情を窺ってから話を続けた。
「……魔物や妖魔退治ならば、それは侍、あるいは市井に降りた浪人の仕事だ。もちろんその対象に、人に害を為さぬ鬼や天狗は含まれない。【神龍国朧】には、あれらを領民として受け入れようとする大名も稀にいるのだ。何せ戦力になる。ただまぁ、長き歴史で手を組み裏切りを繰り返した結果、人を信じるような天狗も鬼もいなくなったがなぁ」
「人を信じる……とは?」
「奴らは殺されぬ限り長く生きる。奴らにしてみればほんの百年前に裏切った人族が、代替わりしたからといってのこのこやってくるのだ。協力しようと巧言令色を用いて手を差し出してきても、馬鹿を言うなと突っぱねるに決まっている。鬼ヶ島の鬼も、天突山の天狗も、人の業にはうんざりだと関わろうともしない」
それはつまり、天狗や鬼よりも戦をし続けている侍の方が、よほどたちが悪い生き物であるということに他ならない。
エニシは奇しくも、ハルカ達の考えている、人と破壊者の関係と似たような見識を持っているようだ。
「【神龍国朧】の人たちとこちらの人たちでは、考え方が違うようですね」
「我らに言わせてみれば、そちらが変わったのだ。長いこと外との交流を限定的にしかしていないものだから、詳しいことはわからぬが。その昔は外の戦力を警戒し【神龍国朧】全体が手を取り合うべきかもしれない、という風潮もあったらしいのだがなぁ」
技術の発展した神人時代の人たちが、【神龍国朧】の存在を知らないはずはない。
事実巨釜山のブロンテスは『まだ(あの国)あるんだ……』とドン引きしていた。
きっと国の在り方が特殊過ぎて、当時でさえも近づくことが躊躇われたのだろうとハルカは推測する。
下手につついて藪から竜を出したくない。
数百年どころか、下手をしたら当時ですらも千年以上戦をし続けているような国の民だ。誰だって触れたくない。
「もちろん人里で暴れる魔物や、話の通じぬ妖魔は、その地域の支配者が状況に応じて殺す。人の心を弄ぶ屍鬼や、どこからともなく大量発生する小鬼は特に嫌われておるな。それでもすべてを殺し切れないのは、そんなものに割いている戦力的余裕がないからだ」
そんなことに戦力を割いている暇があるのなら、隣国の警戒を、というところだろう。
軍を動員して征伐に向かい、留守を狙われたらたまらない。
聞けば聞くほど、地獄のような環境の国である。
逆に言えば、利用できるものはすべて利用しようとする過酷な環境こそが、破壊者と人の手を取り合わせようとしているわけだ。
あちらから拒否されているらしいけれど。
「……例えばなんですが、もしエニシさんが国元へ帰ることができたら、ある人と会談の場を設けてもらうことはできますか?」
「ある人?」
「はい。まだ名前は言えませんが、私の、そうですね……、友人のような人です。立場があり、人と破壊者との関係を憂いている、というか、まぁ、改善したいと考えています」
オラクル教の教えの外にいる国を見ることは、きっとコーディにとってマイナスではない。それによってハルカに得るものがあるわけではないけれど、協力関係にあると言ってくれているのだから、そんな風に手を回してみてもいいだろうとハルカは考えていた。
「もちろん構わんが……。我ら、天狗にも鬼にもあまり相手にされてないぞ? 流石に我が巫女の代表として文をしたためれば、破かずに開いてくれるくらいはあるかもしれないが」
「憶えていてくだされば結構です。あちらも必ずしもそれを望むとは限りませんし」
「ふむ、我としても返せる恩が一つでも増えるのは望むところだ」
ふっと笑ったエニシは炎を見ていた目を瞬かせて、ぎゅっと目を閉じてからため息をつく。
「……さて、我は休むとする。残念ながらおぬし等のように頑強ではないのでな。ここしばらく少々体を酷使しすぎたようで、これ以上話していたら途中で目を閉じてしまいそうだ」
「ゆっくり休んでください」
「うむ、しばし休む」
エニシはその場にごろりと横になるとすぐに小さな寝息を立てはじめ、それきりピクリとも動かなくなった。
しばらくしてハルカはそっと手の平をエニシの体にかざし治癒魔法を使った。
大きな態度や、人を利用しようとするような物言いはあったけれど、そこに別の意図があったことも、ハルカ達はちゃんと気づいていた。
旅に適した道具を一つも持たず、目の下には濃いクマ。手には擦り傷、足を引きずり歩くエニシが、そこから意識を逸らし隠そうとするエニシが、ここまでそれなりに過酷な旅をしてきたであろうことを。
ユーリだって『おいて帰ろう』とは言ったものの、どうせハルカが助け舟を出すことをわかっての発言だ。ほんの少しだけ本気だったかもしれないけれど。
見捨てても野垂れ死にか悪い奴らに捕まるのが目に見えている。
ハルカには自分の運命なんてものはよくわからない。
仲間たちも運命を覗きたいなんて思っていない。
しかしハルカは思う。
エニシが藁にもすがる思いで声をかけた相手が自分たちなのだとしたら、彼女にとっての運命はそこにあったのかもしれないと。
「……最初から助けてほしいって言えばよかったですよ」
「立場がある割にはよく頑張ったんじゃない?」
ハルカはエニシから離れて二人の近くに座る。
「かなり、限界だったのかもしれませんね」
パチパチと撒き薪がはじける音に紛れて、ハルカ達は小さな声でそんな言葉を交わしたのだった。





