言葉
エニシは無一文だった。
一緒にいるからといって、運命が変わった原因がわかるとも限らないし、やっぱりただたかられてるだけなのではないか。なんてことをだれも口に出さないのは、ハルカ達に余裕があるからだろう。
言葉に嘘がないというのはモンタナによって保証されているから、もちろん本当のことを話していたはずなのだけれど。
ハルカ達は相談した結果、このまま〈アシュドゥル〉の街を離れることにした。目的のようなものは達成したし、ジーグムンド達と遺跡のことを考えると、近いうちにまた訪れることになりそうな気がした。
遺跡に潜れないことをアルベルトは残念がっていたけれど、遺跡探索の作法を知らないハルカ達を招待してくれる〈土竜〉たちがいるとも思えない。きっとジーグムンド達に頼んだっていい顔はされないだろう。
まして冒険が待っていそうな遺跡ならば、どんな繊細な遺物が残っているかわかったものではない。
さて、はじめこそナギのことを怖がっていたエニシだが、言葉を理解しているらしいと分かった後はすぐに慣れたようだった。
幼子と話すように柔らかい口調でナギに挨拶をして、大きさを褒め、背中に乗せてもらうことの礼を言って鼻先を撫でる。
ナギもまんざらではなかったようで、ぐるぐると喉を鳴らしていた。
背に乗ってからも怖がるでもなく、流れていく景色を見て感嘆のため息を漏らす。
そんな姿を見ていると、エニシが本当にただの胡散臭い美少女でないことに納得いってしまう。
しばらく眺めていて満足したのか、次にエニシはハルカ達にこちらの大陸のことを聞いてきた。一人で旅をしてきた割に、その知識は断片的で、本当に必要なことだけを調べてやって来たのだとわかる。
聞いてみればなんと、商人の荷台に乗り込んで街の間を移動していたそうだ。
元はもう少し貴金属を持ち歩いていたが、ここに着くまでにすっかり使い切ってしまったのだとか。
世間知らずのお嬢様、と考えれば随分と頑張ってきたほうだろう。
夜が近づき、人気のない広場に降りる。
エニシは言われなければ働こうとしないのだが、何かを頼めば、快く動き出す。
見たところさぼっているわけではなく、何をしたらよいのかわからない、というのが正しいようだ。
小枝を拾ってこいと言えば、ちゃんと腰をかがめて腕いっぱいになるまで拾ってくる。
焚火を起こして食事の用意をすれば、きちんと感謝の言葉を述べてから食べ始めるし、いざ一緒に旅をしてみれば不愉快なことはない相手であった。
食事を終えてそれぞれが順番に休みを取ることにしたとき、エニシは焚火の前に残って声を抑えながらハルカとモンタナ、それからイーストンに話しかける。
【神龍国朧】というくらいだから、どうも竜に興味が深いらしく、ペットリと地面にお腹を付けて眠っているナギのことが気になるようで、あれこれと質問をしてきた。
「大竜峰、か。見てみたいものだな。しかしやはり大陸でもこれほどに立派な竜は珍しいのだな。【神龍国朧】ではな、もっと蛇に近い形をした水竜が多いのだ。神龍様も、それと近い姿をしておられる」
そう言ってその姿かたちを説明するエニシの言葉に、ハルカは日本で想像される竜の姿を思い浮かべていた。蛇のように長く、鱗でびっしりと覆われていて、背びれのようなものが生えており、口の周りには髭。角は幾重にも分かれていて、先端が鋭くとがっている。
「……見たことがあるのですか?」
ハルカが尋ねれば、エニシは誇らしげに頷く。
「我は巫女の中でも最も高い地位にいたのだ。見たことがあるに決まっておろう。とはいえ、静かに休まれているところを見ただけだが。最後に目覚めたのはおよそ百年近く前になるそうだ」
「竜って長生きすると、どいつもこいつも寝てばっかりになるんだな」
「なんだ、まるで神龍様のような竜を見たことあるような言い方だな」
「はい。大陸では長く生き、魔素が多く湧く場所に住んでいる、理性のある竜のことを真竜と呼びます。音は同じですが、意味としては真なる竜、という意味になりますね」
「……なるほど、もしかするとそれらも、神龍様と似たような存在なのかもしれないな」
「……【神龍国朧】にとって、神龍って神様でしょ? そんなこと言っていいの?」
眼を閉じていたイーストンがうっすらと目を開けて尋ねると、エニシはわざとらしく自分の口を手で塞いで肩をすくめた。
「おっと失言であった。……ふむ、であるなら、大陸にも巫女のように特別な力を持った子供は生まれるか?」
「……神子、と呼ばれています。これもまた、音は同じですね。こちらでは、神の子、という意味です」
「はるか昔、月の巫女様が亡くなり、外部との接触を減らすまでは、〈しんりゅう〉も〈みこ〉も、同じ言葉だったのかもしれぬな」
感慨深げにつぶやいて、エニシは空を見上げた。
偉い立場にいたからこそ知ることのできた情報もあるのだろう。
エニシも盲目的に【神龍国朧】の昔話を信じているわけではなさそうだ。
「ああ、そういえば、私の師匠も【月の神子】と呼ばれているそうですよ」
「なんと、奇妙なつながりだな。お主の師匠というとさぞかし立派な人物なのだろうな。ご挨拶できるだろうか?」
「……ええ、まぁ、私にとってはとても素晴らしい師匠です」
ちょっと間がありながらも、ちゃんと師匠の顔を立てるハルカは偉いのかもしれない。
「もう一つの二つ名は【血塗悪夢】です」
「めちゃくちゃ怖いのだけれど、我、挨拶した方がいいだろうか?」
「あの、見た目はかわいらしいので。その、なんかぷにっとしてて、尻尾と角が生えてて……」
「ぷにっの部分しかかわいい感じしておらんのだけど……! むしろそこだけかわいいのがなおさら怖いぞ。食虫植物の甘い香りみたいな気味の悪い感じがある……」
「……癖は強いけど、悪人ではないから」
イーストンの微妙なラインのフォローは、エニシの心をあまり落ち着けてはくれなさそうだった。





