運命を知りたいか
大好きなママであるハルカに対する態度により、ユーリの態度も硬化。
アルベルトは冒険話になりそうな雰囲気を察したのか、少しだけ前向き。
コリンは儲からなさそうだなと思いはじめ、モンタナはいまだ様子見だ。
「ただ、まぁ」
エニシはゆっくりと振り返ってハルカの前まで歩いてくる。
「……見ただけで頭が破裂しそうになることなんて初めてだ。我が思うに、お主には何かがある。それはきっと、運命が変わった理由を知ることにつながると思うのだ」
もしかしたら何かしらの因果関係があるかもしれないと思っているハルカからすると無視もし辛い話である。
ハルカはユーリの頭をそっと撫でて、しばしエニシとの会話を試みることにした。
「運命が変わったとおっしゃいますが、それによってどんなことが起こったのでしょう?」
「未来あったはずのものが多数命を落とした。逆に助からぬはずだったものが生き残った。時に厳しい言葉で残りの時間を有意義に過ごすことを告げねばならぬ我の言葉は、まるで重さを伴わなくなった。いくつかの戦、あるいは災害が起こらず、いくつかの起こらぬはずの戦が起こったのではないかと推測している」
「多くの人は運命を知らずに生きています。それが間違ったからと言って責められる謂れは……」
「抽選で、あるいは多額の献金により、ようやく見てもらった運命が間違っていて責めぬものがあろうか? 知らねば知らぬで済むものも、知ってしまえばそのものの財産。今のままでは我は偽の宝をそのものに持たせた詐欺師だ。このまま人の運命を視て生きることなどできぬ。当たるも八卦当たらぬも八卦では通らぬ力なのだ」
「……先ほどはユーリと私の運命を視ようとしていましたが?」
「…………過去に味わったことのないほどの空腹から魔が差した。空腹とはあれほど切ないのか」
遠い目をしてエニシは語るが、言葉にやや説得力がなくなるのは致し方ないことだろう。
本人もそれがわかっているのか、咳ばらいをして仕切り直す。
「戦乱が泥沼化せぬよう仲裁する時がわからぬ。飢饉が起こる前に食物を蓄えることもかなわぬ。災害の前に避難させることもなしえぬ。人が死ぬ、多くの人が死ぬ。我が差配をはじめて以来、ようやくわずかながらの治まりを見せ始めた九つの島で、また数え切れぬほどの人が死ぬ。だから我はまず、この運命がずれることの原因を探らねばならぬ。また正確な運命を読み、【神龍国朧】の舵を取り、船首を少しでも凪いだ方へと向けねばならぬ」
難しい話になってきてハルカは頬をかいた。
想像がつかないけれど、エニシの話をそのまま受け取るのであれば、確かに大事が起きているのだ。
手を貸してほしいと言われれば、貸した方がいいような気はする。しかし、どうにも話が大きすぎて、想像が追い付いていかない。
「そのために一人でこんな遠くまで?」
「そうだ。我は美少女だから、生きていくだけならば難しくない。こう見えて世渡り上手なのだ」
それは嘘じゃないかなぁとハルカは思ったけれど、事実エニシはこの街まで生きてたどり着いている。【神龍国朧】からやってきたのだとするならば、海を渡って大陸に入ったはずだ。
【混沌領】を避けるとすれば、【ディセント王国】か【ドットハルト公国】の東海岸に上陸。どちらからやって来たにしても、国境線を越えてそれなりに長い陸路を踏破してきている。
「難しいことは言わぬ。ただ同行させてくれればいい。おそらく我がここに向かうべきだというのは、おぬしらと出会うためだったと思うのだ。……衣食住の世話をしてくれればなお嬉しい。もちろん、そちらの女子の期待するように、我が神龍島へ返り咲いたあかつきには十分な見返りを用意すると約束しよう」
「報酬はあんまり魅力的じゃないなー……、上手くいく保証もないし、雲をつかむような話だよね」
そう言ったコリンは、それだからってまるっきり反対しているわけではない。ただ、報酬に関しては気乗りしないという本音を漏らしただけのようだ。
エニシは腕を組んで唸ってから答える。
「あとは我のできることは運命を視ることぐらいだ。協力してくれるのであれば、望んだ時に何度でも見てやろう! そうだ、うちの国では金塊を積み上げても順番が回ってくるまで……」
「それはいらねぇや」
「僕もいらないです」
「私もいいや」
両手を開いて演説をはじめようとしたエニシの言葉をアルベルトが真面目な顔で遮った。それにモンタナとコリンも続く。
「っ、変わった奴らだ……。や、【夜光】の王子はどうだ? 必要なら我が定期的にそちらに訪問するという約定を交わしても良い」
「どうかな、欲しがる人はいそうだけれど……。独断で答えさせてもらうのなら、僕もいらない、かな。あと僕はイースだから、その呼び方やめてね」
「ぐぬぅ、承知した。……そちらの少年は、可能性が広すぎるし。……まて、可能性が広すぎる? 先ほどは腹が減り過ぎて頭が回らなかったが、それもおかしな話だが……。そちらの美女は視ただけで我の頭が破裂するし……。なんだ、ならばどうしたら連れて行ってもらえるのだ。体か!? 体で払えばよいのか!? 我、イース殿の見た目は好みだから全然いいけど!」
「いらない」
そっけない返事はイーストン。
がっくりと崩れ落ちたエニシは、そこから流れるように足をたたみ、きれいに正座をしたかと思うとそのまま額を地面にこすりつけた。
「この通りだ。ふざけておるように見えるかもしれぬが、本気なのだ。我にできることなら何でもする。受け入れてもらえないだろうか」
言葉を挟む隙も無いまま進んでいく話。突然の土下座。
ハルカは困った顔をしてしゃがみ、エニシに声をかける。
「あの、やめましょう、そういうのは。そもそも私たちは良いとも駄目とも答えてないでしょう」
「では良いのだろうか」
声をかけてもエニシの顔は上がらない。
ハルカが困った表情のまま仲間の方を見る。
実のところ特別反対する理由もない。
約束が守れて、人を傷つける心配がないのならば、別に拠点で過ごしてもらうくらいは構わないのだ。
イーストンの見識と話を照らし合わせる限り、【神龍国朧】の巫女であることは間違いなさそうだし、そうなると今問題視しているオラクル教の関係者ということも考えにくい。
モンタナが突っ込みを入れなかったということは後半の話で嘘をついている様子もなさそうだ。
反対意見が出ないということは、任せるよってことだ。
「まぁ、連れていくくらいなら……」
「本当か!」
額からぱらりと小石を落とし、エニシが顔をがばっと上げる。
知っている日本人に近い顔立ちのエニシを見ながら、ハルカは運命について考えていた。
見た目も性別も種族も変わって別の世界へやってきてしまった自分に、果たして運命なんてものがあるのだろうかと。





