運命を視る
「んむむむむ、ふううううん」
占い師は胡散臭い仕草で水晶の周りに手をかざし、わざとらしい気合いの声を漏らす。ハルカから見てもインチキ臭さが半端じゃない。
仮に能力があったとしても、その動きだけで人の足が遠のきそうだ。
この動作が必要なものでないなら、省略して結果だけ伝えたほうが商売繁盛しそうである。
割と気が長い方である二人が黙ってそれを見ていてあげると、やがてそれが突然ピタッとやんだ。
そしてまじまじとユーリに顔を近づけて観察して首を傾げる。
「……アンデッド、ではないなぁ。やはり、すでに潰えるべき運命の時を二度過ぎている。もしや君は命を三つもっているのかね? 良く言えば無限の可能性を持ち、悪く言えば何もなし。うっすらと細い糸がいくつも絡みついているようだが、それは後天的に繋がったものだ。絡みつく糸の多くが、君の未来を照らそうとしてくれている」
「……? 何言ってるの」
「難しくてわからぬか。しかし我は人を見るとこのような映像が頭に浮かぶのだ」
「今日のラッキーポイントは……?」
「らっきーぽーんととは……?」
「ラッキーポイントは、今日の運勢を良くしてくれるもののことだよ」
「運勢……?」
話が噛み合っていない。
ハルカはなんとなくユーリが言っていることを理解して笑った。目覚まし時計風のマスコットが時間を繰り返しお知らせする映像が頭によぎった。
ただユーリの事情を知っているハルカが占いの結果を聞くと、なんとなくこの占い師が無能なわけでないことがわかる。相手から情報を得て信用させるためのコールドリーディングのような真似をするでもなし、うんうんと唸っただけでこれだけ読み取ったのだから大したものだ。
「ま、まぁ、らっきーぽーんとのことはよくわからぬが、我がインチキでないことは伝わったであろう? というわけで今度は金を持っていそうなそちらのお母さまの方を見てしんぜよう」
「ママはお母さんじゃないよ」
「よぉし、少年、我を混乱させるのはもうやめておくれ。今は大事な商売の話をしているのだ。お母さまの方は銀貨一枚、銀貨一枚で見て差し上げよう」
「いえ、結構です」
「なにゆえ! インチキはしていないというのに!」
見られてもまたわけのわからない結果が出そうだから、とは言えない。
「それはわかりましたが、特に見ていただきたい未来もありませんので」
「……いーや見るね。我、お主が金持ちそうなのも人が良さそうなのも分かっておるからね。見ちゃえば払ってもらうもんね、ううううむむ」
「あ、ちょっと、勝手な真似は……」
「うううう、ひゅっ」
無駄に派手な動きをしていた占い師は、ハルカが制止しようとした直後、息の止まったような素っ頓狂な声を上げたかと思うと、突然ぐにゃりと前に倒れ込んだ。
あまりに突然の脱力だったので驚いたけれど、ハルカは何とか頭部が地面にぶつかる前に抱きかかえることに成功した。
「あ、あの?」
ハルカが声をかけても占い師はピクリとも動かない。
慌ててフードを外してみると、黒髪の少女が白目をむき出しにして、鼻から血をドクドクと流していた。
明らかにやばい雰囲気にハルカは慌てて治癒魔法を使い、体を地面に寝かせる。
「……あの、大丈夫ですか?」
そっと首筋に指で触れると、わずかに脈をとることができた。
最初は弱弱しかったそれは、触れているうちに徐々に強くなっていく。
つい先ほどまで、心臓が止まっていた可能性があった。
これにはハルカの方の心臓もバクバクである。
「死んじゃった?」
「し、死んじゃったところだったかもしれないですけど、生きてます……」
ユーリの質問にハルカがしどろもどろに答えているうちに、白目がむき出しだった目に、瞼がゆっくりと降りてきて閉じられる。
ホラーのような表情が、それでようやく普通の少女に戻った。
「逃げる?」
「逃げません……、様子を見ます」
「うん」
現実的な提案をするのがユーリ、馬鹿正直にその場にとどまっているのがハルカだ。とはいえユーリはハルカの決定に逆らうでもなく、しゃがみこんで占い師の顔を見ている。
「髪、黒いね」
「ええ、そういえばそうですね」
「……変わった石」
横にした拍子に首元から零れ落ちてきた首飾りの装飾。
黒をベースとした色の勾玉のような形をしたそれの、本来穴が開いている部分には、真っ白な宝石が埋め込まれている。
「ん、んんん」
すぐに心臓が動き出したおかげか復活が早いようで、少女は鼻の下の血を袖で拭いながら目を開ける。
「ああ、良かった、気が付きましたね」
「……な、なんじゃ、血……。我、さっきまで少年の運命を見ていただけなのに……、はっ、そうだ! あの人のよさそうな耳長族から大金をせしめねば……!」
「……あの」
「なんじゃ! ……え、えっへっへ」
間が抜けているというか、どこか浮世離れした少女はハルカの顔を見て愛想笑いする。後ろめたいことがある人間特有の、ほの暗い笑い方だった。
「ええと、それじゃあ、占いをさせてもらって金貨一枚もらうって話をしたところだったか、あいや、フードがいつの間にか外れている! さては我が……、ん、我、なぜ倒れていたのだ? …………あ、はああああああ!」
都合のいいことを勝手に喋ったうえに、少女はフードをかぶってから首を傾げる。そして倒れる寸前のことを思い出したのか、大きな声を出して後退り、路地の行き止まりにぴったりと背中を付けた。
「な、な、な、み、見た途端、頭が、頭がパーンってなったのだった。魔素か? それが逆流してきた感じだった、ような気がする。魔法使い? いや、どんな力のある者を見ても、こんな目に遭ったことは終ぞなかったのだが……」
「あの、それでは回復されたようですので、私達はこれで……。どうぞお大事にお過ごしください……」
「待て、待て待て、いいこと考えたから。もしかしてお主めちゃくちゃ強かったりしないか?」
ハルカがどう答えようか迷っていると、ユーリが胸を張って答える。
「ママ、強い」
「だろう。頼みごとがある、国の行く末を左右するような、それはもう、お主にしか頼めぬような大事だ」
よく知りもせず、人が良さそうだという理由でカモろうとしていた不審者の言うことだ。ハルカは、早くこの場を去りたいなぁという気持ちを抑えながら静かに答えた。
「そのような大事でしたら、ぜひ騙されにくそうな親しい方にお願いいたします」
「そう言わずに少しだけ聞いていくといい」
「仲間を待たせていますので」
「それは都合のいい……もとい、頼りになりそうだ。合流してから話をさせてもらうとしよう」
ほんの少しだけ嫌みが混ざっているけれど、あれだけ馬鹿にしたような発言をされてこれで済んでいる。
果たしてこの答えは、少女に押せば行けるという確信を与えただけだった。





