怪しい露店
オレークの家を訪ねて、その妻と娘の元気な姿を確認したハルカ達は、日が暮れたころに街で適当に宿をとった。家に泊まっていいと言われたが、雑魚寝するにしたってこの大人数では邪魔過ぎる。
娘さんがモンタナの尻尾を追いかけまわしてたのもあって、オレーク一家そろって残念がられたけれど、顔を合わせられたことを良しとしてお別れすることにした。
ダークエルフであるハルカが街を歩いているとこそこそと噂されるのはいつものことだ。ただ、他の街よりも向けられる感覚が少し緩いというか、物珍しそうな視線混ざるのは、きっとオレークがいろんな人にハルカの話をしているからだろう。
それにしては冒険者たちは平気でハルカに話しかけてきたわけだが、あれは彼らが特級冒険者の情報を探るほど、上位の冒険者でなかったせいだろう。
翌日早朝、オレークに教えてもらったパンを食べるため、ハルカ達は早い時間に宿を出た。売り切れる前に目的のものを手に入れ、街の中をふらりと散歩する。
この街で補充しなければいけない消耗品はないから、主に露店が多い場所を探して歩く。
昨日西と北の門付近は軽く見てきたから、今日は南門から一日かけてぐるっと街をまわる予定だ。
南門が近づくにつれてだんだんと店がまばらになるのが、この街の変わったところ。ただし構えた店の数とは反比例して通りは賑やかになっていく。
門の周りは冒険者が開く露店や一旗揚げようという若い商人に溢れかえっているのだ。それに便乗する用に、芸術家、音楽家、大道芸人だってやってくる。毎日が小さな祭りのようなこの場所は、冒険者と商人の街を体現していると言えるだろう。
皆で一緒に動いては効率が悪い。それぞれ見たい場所を見に行こうということで、鐘が二つなるまでに案内板の前に戻るという約束をして解散することにした。
アルベルトとコリンには、建物がないこの広場の中から出ないように良く言い聞かせてたが、果たして無事帰ってこれるかは微妙なところだ。何せ目印があまりない。
鐘が二つなったときに一人で戻れそうになかったら、その場で待っているようにも言い聞かせてみたが、これまたいうことを聞くか疑問が残る。
「子供じゃないんだし、好きにさせたら」というイーストンの投げやりな言葉で解散が決まったものの、ハルカとしては心配が残る。
アルベルトが適当に歩き出し、コリンが呼び声の大きいところへ向かい、モンタナは自分が露店を開ける場所を探して周囲を観察しながら進んでいく。
「じゃ、僕はしばらくここで休んでるから」
「見に行かないんですか?」
「気が向いたら近場だけ見るよ」
半分吸血鬼のイーストンはベンチに腰を下ろして、眠たげな表情で道行く人を眺めている。これで割と街の様子を楽しんでいるらしい。
見た目は中性的な美青年だが、精神的にはもう八十だか九十だかだ。ハルカは老人っぽいなぁと一瞬思ってから、その考えを慌ててかき消した。
「いきましょうか」
「うん」
ハルカはユーリの手を取ってのんびりと喧騒の中に入っていく。
ユーリがぶつかられてはかわいそうなので、できるだけ人通りの少ないところを選んで歩いたが、それでも露店は十分に楽しめる。
土の塊みたいな発掘物もあれば、ただのネジみたいなものもある。
なんとちぎれかけた縄に値札が付けられているのだ。
発掘された縄とか言われたけれど、流石のハルカもそれには騙されない。断面と他の部分の色が違いすぎる。最近何らかの事情でちぎれたものを、発掘物だと言って置いているのだろう。
まぁ、買う方が悪い。
そんな感じで普通に露店を楽しんでいるハルカだったが、ふとユーリが足を止める。
「どうしました?」
「……誰か、こっち見てた」
人が少ないところを選んでいたせいで、気づけば建物の近くを歩いていたようだ。その中の路地の一本にユーリが視線を向けている。
ハルカは相変わらず人の視線なんて察知できないのだが、ユーリは違うようだ。
赤ん坊のころから追われる生活をしており、冒険者としての心得を学んできたユーリは、冒険者をしていくうえでの便利技能の殆んどを身に着けている。高水準とはいえないまでも、子供と侮っている相手に凝視されていたら気づくことくらいはできる。
「……どんな人でした?」
「フードかぶってたからわからないけど……」
「一応、見に行ってみましょうか」
初めからユーリの周りに障壁をはって、ハルカは警戒しながら路地裏を覗きに行く。軽い覚悟を決めてから体を出してみると、行き止まりの路地裏には、確かにローブをかぶった何者か地面に布を敷いて座っていた。
目の前には水晶。周りには何かの骨とか、偽物っぽい宝石とかがたくさん置いてあって、とにかく胡散臭い。
「そこの少年、君の将来を占ってやろうぞ」
「占い……?」
ユーリがハルカのことを見上げた。
元の世界の家ではずっとテレビがついていたから、朝にはいつも占いがやっていた。今日のラッキーカラーはとか、何座のあなたとか、そんな言葉をなんとなく思い出していた。
誕生日もはっきりしない元の世界のユーリは、勝手に自分の星座を決めて、何位になるかだけ気にしていた。
そしてユーリは、最下位の日でも一位の日でも、さほど変わらない毎日がやってくることをよく知っていた。
「ママ、戻ろう」
「いいんですか?」
だからすぐに興味がなくなって踵を返そうとする。
手を引っ張られたハルカは、小さな子供なのに占いとか気にならないのかなと思い問いかけるが、ユーリはそっけなく「うん」と言っただけだった。
「待って待って待って、銅貨一枚だけでいいから占わせたまえ。なんか君、気になる雰囲気があるのだよ」
腕を伸ばして両手をすり合わせる占い師に、ハルカが足を止める。
「ユーリ、銅貨一枚なら支払いますよ? いいんですか?」
「ママは見てほしいの?」
「いえ、気にならないのかなと思って」
「気にならない」
「そ、そうですか」
「助けると思って! 我もう三日もろくにご飯を食べていないのだよ!」
本当かなぁと疑いの目を向けるユーリの耳が、ごるぎゅぐぐ、という聞いたこともないような腹の音をとらえる。
「あ、我もうだめかも」
お腹を押さえた占い師を見て困った顔をしたのはハルカだ。
美味しいものを食べるのが好きなハルカは、お腹を空かせている人を見るとなんとなく悲しい気持ちになる。
「見てもらう」
「あ、そうですか、じゃあお代を……」
自分のためではない。
ユーリはハルカの表情を見て、占い師にお布施をすることを即断したのだった。





