仲裁
そんな話があってから一時間、ふぅふぅ言いながらもギーツは文句の一つも言わずに頑張って歩いた。太陽が中天に昇るのにはまだ少し早かったが、ハルカはコリンの方をチラリと見てから、みんなに聞こえるように声を上げる。
「少し早いですが休憩して何か食べましょう」
「そ、そうか、もう少し歩いてもいいんだがな」
「ん? じゃあもうちょっと歩こうぜ」
「いやっ、旅の順路を決めたものが休もうと言っているのだ、逆らうまいよ!」
アルベルトの悪意も何もない返答に、ギーツは大慌てで道の端へ駆けていき、リュックサックを地面に下ろした。そこから何かあさり取り出すとさっと地面に広げてその上に座る。何かの獣の皮のようであったが、大きさを考えると用途はこんな場合に限られるように思えた。
ハルカ達もそのそばに歩いて寄っていき、そのまま腰を下ろす。膝丈まであるローブやマントが体の冷えや服が湿ることを防いでくれる。
それぞれが鍋がわりにも使える少し大きめのコップのようなものを取り出している間に、ハルカが魔法で水を生み出した。
「清浄なる水、潤い、溜まれ、ウォーター」
いわゆる豆魔法というやつで、レオに教えてもらった。ウォーターボールほど制御が難しくなく、宙に浮きとどまる以外の動きはしない。しかしその分魔法の才があまり無いものでも使えるようなものになっていた。
ハルカにはその難易度の差がわかっていなかったが、水を汲むだけであればわざわざウォーターボールを使う必要はないと思い、この魔法を使うようにしている。なによりウォーターボールより、水の味に雑味がなくて美味しいような気がしていた。
いそいそとコップを取り出したギーツに向かって、ハルカは「どうぞ」と声をかける。ギーツはうなずいて、水を汲むと、それを一気に飲み干した。よほど喉が渇いていたのか、すぐにまた汲んで飲むことを二度繰り返す。
「あまり慌てて飲むと、お腹が冷えますよ」
「うむ、大丈夫だ。私も子供ではないからな」
人心地ついたのか、もう一度水を汲んで敷物の上に戻ったギーツはリュックの中からバスケットのようなものを取り出し、パンに肉や野菜の挟まれたものをもぐもぐと食べ始めた。
それは美味しそうには見えたが、ギーツの姿だけを写し取ると、まるでピクニックに来たかのような呑気さだった。
ハルカ達は砂糖とドライフルーツが練り込まれた、硬いビスケットのようなものを水と一緒に少しずつ食べる。これはレジオンへ向かう途中に皆が食べていた携帯食で、街を出る前にコーディに都合してもらったものだ。
エネルギーバーのようなもので、嵩張らない・長期保存ができる・腹に溜まると、旅をする者たちには重宝されているようだった。
実は旅の最中は昼食をとること自体あまり多くない。基本的には出発前と宿泊地で食べる食事の二食になる。昼は休憩中につまめる程度のものを食べるというのが基本であった。
これまでの行動全般を振り返ってみる限り、やはりギーツは旅に慣れていないように思えてくる。ハルカ達が受けた依頼はあくまで護衛だ。その仕事内容には旅の世話までは含まれていない。
ここにくるまで四時間歩いたわけだが、当然予定していた距離はかせげていなかった。
普通の旅の予定を立てるものであれば、すでにかなりイラついていてもおかしくないのであるが、ハルカはそうでもなかった。
この世界に来る前の自分を振り返ってみた時、ギーツほどの大荷物を背負って、この距離を歩き切ることができたか、と考えてしまっていたからだ。
結局こちらから休憩を言い渡すまで文句ひとつ言わずに頑張ったギーツは結構頑張った方なのではないかと、どうしても甘い評価を下してしまう。
そんなことを考えていると、アルベルトがハルカに話しかける。
「なー、今日歩くの遅いけど、これで予定通り着くのか?」
パンを口に含んだギーツが驚いた様子で、こちらをみる。何かを言いたいのか、あわてて水を飲んで口の中をきれいにした。
「今ので、ペースが遅いのか?」
ギーツの苦い表情に、誤魔化しても仕方ないと思いハルカはうなずいた。
「確かにこのペースだと二十日ギリギリくらいかかるかもしれません。何もトラブルがなければ十八日、くらいですかね。とはいえ私は冬の旅をするのも、自分で計画を立てるのも初めてですから、トラブルは起こるものだと思った方がいいでしょう。その具合によっては間に合わないこともあり得ます」
「そ、そんな無責任な!」
ギーツの非難の声に、アルベルトがそちらを睨んだ。
「あんたが歩くの遅いからだろ」
「プロなのだからそれも考慮するべきだろう!」
アルベルトに言い返したギーツに、コリンも参戦する。
「プロじゃないわよ、私たちの仕事はトラブルが起こった時の護衛よ。旅の計画を立てたのは、わたしたちも行くからついでにやっただけ。行程に文句があるなら、今からでもギーツさんが立て直して」
ギーツに旅の行程の提案をしたときにその話はしていたはずだった。何度も計画はこれで構わないか、そちらの都合があれば修正してほしいというお願いもしている。それを、全て「問題ない」「予定通りで間に合うならそれに従う」と、たいして考えもせずに空返事をしたのはギーツだった。
「しかしだな……」
「しかしもかかしもねえんだよ。その大荷物なんとかすりゃもう少し早くなるんだから、整理しろよな」
「こ、これは必要なものだと……、そうだ、お前達の誰かがこれを持って歩くというのはどうだ? そうすれば少しは歩くのが早くなる。名案だろう」
「てめぇ、ぶっとばすぞ」
立ち上がってギーツに向かってどすどすと歩き出したアルベルト。ハルカはあわてて後ろから近づき、お腹に手を回し止めて、もう片方の手で口を塞ぐ。
「おえんあ!」
「はいはい、アルは座っててくださいね、ごめんね」
「おおもあうあいうんあ!!」
「はいはいはいはい」
はいはいと言いながら、そのまま持ち上げて横に抱える。足をバタバタさせるアルベルトだったが、ハルカの拘束が緩むことはなかった。
怒っていても仲間を噛んだり攻撃したりしないアルベルトでは、拘束から抜け出すことはできない。
すぐに諦めたアルベルトが下から首を捻ってハルカを睨みつける。
「怒って殴りにいかないなら離してあげます」
しばらくそのまま睨みつけていたが、諦めてうなずいたのをみて、ハルカは少し離れたところにアルベルトを下ろした。
「なんであいつの味方するんだよ」
降ろされたアルベルトが荒い口調でハルカを問い詰める。
「味方はしてませんよ。アルが殴るほどの価値を感じなかっただけです。依頼人と喧嘩別れなんて、評判が悪いでしょう? 大丈夫です、彼の相手は私がしますから。アル達は護衛にだけ集中してください、なんとかします」
「……それじゃあハルカばっかり大変じゃんか」
「私はああいった人を相手にするのは慣れてますから、ね、無事に依頼を終わらせましょう?」
「……わかったよ」
まだ何か言い足りない顔をしているものの、ひとまずは矛を収める気になったアルベルトは、ギーツを睨みながらうなずいた。