ねっとりしてる
ジーグムンドが鶏だとか土竜だとかの分類から一歩はみ出ていたのと同じように、圧倒的な戦力とされる特級冒険者は、冒険者ギルドにある種の一体感を与える。
怒らせてはいけない。
癇に障るようなことはしてはいけない。
できるだけ存在を消してこの場を乗り切りたい。
すーっと冒険者たちが列から離れていく。
「あの……、ちゃんと並ぶので……」
ハルカが言葉を発した瞬間、冒険者たちは蜘蛛の子を散らすように走っていなくなった。
残ったのは数人の癖の強そうな冒険者と、状況をよくわかっていない脳筋と、逃げ出す勇気もなかった者、それからなぜかちらちらと興味深そうにハルカ達を眺める者。
こうやって並べたててみると意外と残っているようにも思えるが、七割方の冒険者はギルドから消えてしまっている。
立派な営業妨害だ。
「えーっと……、オレークさん、とりあえず話が済んだら仲間を連れてまた街に入りますので、ここでお待ちいただくか、待ち合わせなどできたらと思うのですが」
追いかけて連れ戻すわけにもいかない。
できることはないと察して狼狽えるのをやめたハルカは、とりあえず今できることを済ませてしまうことにした。
ちょっとしたラグはあるけれど、随分と対応の早くなったことである。
「待っています!」
「あ、すみません。できるだけ早く済ませますので」
「いえいえ、それよりも一緒にいて話を聞かせていただけますか? 噂をたまに聞くのですが、色々とご活躍されているそうですから」
「ええ、構いませんよ」
話せること話せないことはあるけれど、選んだって語りつくせないほどの出来事があった。
元々王国出身のオレークは、今の王国をどう思うのだろうか。
そんなことを考えながら、ハルカはオレークと出会った後のことを思い出しながら語り始めたのだった。
列が進んでいく中、なぜか段々とハルカ達の周りには人が増えてきた。
オレークが都度軽く挨拶をしたりしているので、その近辺の人たちなのだろう。
みんなしてハルカの話を真面目に聞いているけれど、ハルカとしては増えれば増えるほど語りづらい。つられて用事が終わった冒険者たちも皆その集いに加わってくるから、数は増える一方だ。
どの話が誰のトラウマに引っ掛かるかわかったものじゃないから、ワードチョイスは綱渡り。
ハルカが苦手とするところである。
また一人聴衆が増えたところで、ハルカは「あの……」と声を上げた。
頷いたり目を閉じたりしながら聞いていた冒険者たちの目が一斉に自分の方へ向いたものだから、相当な威圧感がある。
「そ、そろそろ、順番が回ってきますので……」
「そうですか……、では続きはまたあとで……」
「そうですね、お食事でもしながら」
解放されそうだとほっとしたところで、オレークがあっちこっちから突っつかれて何か言われている。いじめられているわけではないのだろうけれど、若干責めるような視線の強さがあった。
「あのぉ、ハルカさん。ご迷惑でなければ、お食事を皆さんも一緒にというのは可能でしょうか?」
話を楽しみにしてもらえてうれしい気持ちと、ほんの少しお断りしたい気持ち。
ハルカは、自分が話し上手だったら快諾するのに、と思いながら「ええ、もちろん」と頷いた。
昔コリンと自分に色々と語って聞かせてくれたクダンの気持ちが、ほんの少しだけわかったような気がするハルカである。
「大型飛竜ねぇ……」
眼の下に濃いクマができている支部長は、気だるそうなねっとりとした口調でハルカからの要請を繰り返した。灰色の髪の毛を油で全て後ろになでつけているけれど、ところどころ跳ねてしまっている。
ろくに書類も見ずにぽんぽんと印を押しているのだけれど、押した後にちゃんと左右に仕分けているから、一応中身の把握はしているのだろうとわかる。
「北門から出て暫くのところに山があるねぇ。その手前の街側に広場があるから、そこに降りるといいさねぇ。遺跡ではあるが、ただ石を重ねた不毛の大地でねぇ。ただ間違っても山の方には降りないでくれ、あそこはまだ調査中の墳墓だからねぇ」
「ありがとうございます」
「いいや、結構さぁ。ところで君たちはオランズの出だったねぇ。イーサンのやつが最近支部長をやめたと聞いているんだが、どうやったか知っているかね? 奴は私の後輩冒険者でねぇ……。それで、後任は誰かね? もしイーサンの居場所を知っていたら教えてもらえないかねぇ、私の代わりにここの支部長を押し付け……、譲りたいのだよ」
おそらくイーサンと同じく、適性のあるものがいないせいで能力があるから無理やり支部長を押し付けられたタイプだ。押し付けた犯人は、おそらくこの支部長より強い冒険者。
そういうことを言いだしそうな人物にハルカは一人二人心当たりがあった。
「……いえ、最近見ていません。新しい支部長はラルフさんという、二級冒険者の方ですよ」
「ほほぉ、二級冒険者で支部長とは、きっと適性が高いのだろうねぇ。いやぁ、ありがとう。礼はそうだなぁ、君たちから見て良さそうなのがいたら、私に紹介してくれたらいいからねぇ」
「あの、事情の知らない私よりは、ご自身で探された方がいいのではないでしょうか? 手伝いを雇う、とかでもいいと思うのですが……」
「うん、やったんだよねぇ。でも私は見る目がないみたいでさぁ。遺跡の資料とか持ち逃げされたんだよぉ」
「はぁ……」
「まぁ、皆死んだけど」
「はい?」
不吉なことをぼそりと呟いた支部長、
その名をデビス=ルッテラ。
二つ名を【偶然の勝利】。
「うぅん、また探してみようかなぁ。五度ほど失敗してるんだけどさぁ。なんかこの街、遺跡好きが多くて、小賢しいのがいっぱいいるんだよねぇ……。そんじゃま、よろしくねぇ」
ちょっとお近づきになりたくないタイプの支部長は、なんとなく無視しづらいお願いをして、話は終わりとばかりに再び書類に目を落としたのであった。





