土竜と鶏
冒険者ギルドなんていうのは、どこも同じくらいの割合で荒くれ者がでかい顔をしているものなのだけれど、〈アシュドゥル〉に関しては少々勝手が違うようだった。受付の列も、ギルドの食堂の席も、なんとなく騒がしいのと物静かなので分かれている。
ハルカはどちらに並ぶかほんの少し迷ってから、そっと物静かな人たちが並ぶ方の最後尾に着くことにした。
それに続いてモンタナ、コリン、そしてアルベルトが並ぶと、どちらの列の冒険者もぎょっとした顔をして見つめてくる。その視線が向けられているのは、アルベルト一人にだけだった。
流石に気味が悪かったのか、アルベルトが目を泳がせる。
「な、なんだよ、こいつら」
「うむ。普通の冒険者はあちら、遺跡関係の冒険者はこちら側に並ぶことが暗黙の了解になっている」
「なんでだ?」
「あまり仲が良くない」
「じゃあ喧嘩すりゃいいじゃん」
「結構な数を巻き込んで抗争すること数度、今はこうして場所を分けることで軋轢を避けている」
「アルが遺跡側に並んでるからざわついてるです?」
「……まぁ、そうだ」
話を理解したモンタナが尋ねると、ジーグムンドはほんの少しだけ躊躇ってから頷いた。
「ちっ、鶏はあっち行けよな」
目の前に並ぶ冒険者から、ぼそりとした呟きが聞こえてきて、ハルカは首を傾げた。
吐き捨てるような言い方だったので、あまりいいものではないのだろうと当たりを付けて、そっとジーグムンドに尋ねる。
「あの……、鶏とは?」
「……地上の冒険者の蔑称だ。逆に地上の冒険者は遺跡に入るものを土竜という。俺はどちらでも活動するから、あまりこの呼び名は好きではない」
「なるほど……」
騒がしくて三歩歩くとものを忘れる鶏。
暗いところを好み土まみれで暮らす土竜。
言われてみれば確かに蔑称らしくも聞こえてくる。
「では案内もしたし、俺は仲間と合流してくる」
「あ、はい。ありがとうございます」
呼び名だけでなく、この空気感もあまり好きじゃないのだろう。
ジーグムンドは眉間に皺を寄せたままギルドを出て行こうとして、ぴたりと足を止めた。
そして思い出したかのようにハルカに告げる。
「先ほどのヨンの話、それから買取の話も、考えておいてもらえると助かる。俺たちは大抵この街にいるから、用があるときはこのギルドに連絡してくれ」
「はい、ではまたそのうち」
「ああ、ではまた」
背中を向けてからも少し考えるように立ち止まっていたジーグムンドだったが、特に何も思いつかなかったのか、のっそりとギルドから去っていった。
片手にぶら下げたヨンは最後まで目を覚まさなかったが、まるで気にした様子もなかったので本当によくあることなのだろう。
ジーグムンドとヨンが立ち去ると、いよいよハルカたちが並ぶべき列はこちらではない。
自分は鶏かぁ、と心の中でぼやきながら、ハルカはそっと列から離れて反対の列の最後尾に並んだ。
驚いたのは土竜側の冒険者たちである。
アルベルトはともかくとして、知的でクールに見えるハルカと、槌やノミを持った、明らかに遺跡に潜りそうなモンタナ。それに利発そうなコリンまでもがぞろぞろと鶏側に移動したのだ。
美女が並んだことでちょっと優越感に浸っていた土竜側はがっかりで、鶏側の士気がにわかに上がる。
こういった派閥争いのようなことが得意でないハルカは、あまり関わりたくないなと明後日の方へ視線を逸らして待機していた。
ところが土竜たちと違って、鶏たちは怖いもの知らずでおしゃべりが多い。絶世の美女であるハルカがすぐ後ろに並んでぼんやりとしていれば声をかけてくるものもいる。
「なぁ、あんた他所から来たんだろ? ジーグムンドさんと知り合いなのか?」
「ええ、まぁ……」
「俺たちは遺跡潜るようなやつらは嫌いだけど、あの人だけはちょっと違うからな。知ってるか? ジーグムンドさんって公国の武闘祭で優勝したことあるんだぜ」
「はい、すごいですよね」
「暴れ者で評判の酷い冒険者を、決勝でめっためたにやっつけたんだってさ。ざまぁねぇよな」
レジーナを連れてこなくてよかった。
ハルカは心の底から思っていた。
もしこの場にいたならばとんでもない惨劇が起こっていた可能性がある。
「……強いですからね、ジーグムンドさん」
「だよなぁ。っつってもさ、遺跡に潜るのはどうかと思うぜ。稼ぎにもならねぇで土まみれになって何がしてぇんだか。地上で活躍してりゃ、今頃名うての冒険者なのになぁ、勿体ねぇよ」
「うるせぇな、こいつ」
こんな時素直に思ったことを口にするのがアルベルトの悪いところであり、ハルカにはできないことをするという面だけ見れば、ほんのちょっとだけ良いところである。
「は? お前には話してねぇだろ」
「俺に話してなくてもうるせぇだろ。遺跡に潜るのが悪いとか、潜ってるせいで名が売れないとか、お前はどこのだれでどんな偉い奴なんだよ」
「なんだ、てめぇ……」
一触即発。
レジーナがいなくてもこうなってしまったかと思いつつ、ハルカがどう対応するべきか悩んでいると、ギルドの扉が開いて、一人の男が息せき切って転がり込んできた。
「ハルカ様がいると聞いてきました!!!」
男は肩で息をしながら、ギルド中に響くような声を出した。
見覚えのある男、オレーク=レフコヴァ。
かなり昔に山中で出会い、ほんの少しだけ手を貸した男である。
にらみ合っていた冒険者の男も、アルベルトも、そして鶏同士の争いの行く末を見守っていた土竜たちも、一斉にオレークの方を見た。
オレークはハルカの姿を見つけると、背筋をピンと伸ばしてまっすぐ歩いてきたかと思うと、風切り音を立てんばかりの勢いで九十度に頭を下げた。
元兵士とあって、きっちりかっきりとした動きだ。
「お久しぶりです!」
「……ひ、久しぶりですね、あの、様というのは……?」
「あ、いえ、すみません、お久しぶりですハルカさん!」
「はい……、奥様と娘さんはお元気ですか……?」
「お陰様で! そんなことよりもハルカさん! 特級冒険者への昇格おめでとうございます! 【耽溺の魔女】の二つ名聞いています。きっと素晴らしい意味が込められたものなんでしょうね!」
「オレークさんオレークさん、ちょっと声を抑えましょう、ほら、他にも人がいますから……」
もはや嘆願に近い言い方のハルカに、オレークははっとした顔をした。
「失礼しました……、いついらっしゃるのかと楽しみにしていたものですから」
「いえ、歓迎していただけて恐縮です」
特級冒険者。
【耽溺の魔女】。
それを聞いた直後、アルベルトに喧嘩を売ろうとしていた男は、すっと表情をなくしてぎくしゃくした動きで回れ右をした。
足が震えているのを武者震いだと言い訳するのは難しそうである。





