口から先に生まれてきた
「下ろせよ、歩くから」
しばらく騒いだ後ぴたりと静かになったヨンが、だらりと四肢から力を抜いてジーグムンドを睨んだ。
そっと地面に下ろされると、立ち上がって服に着いた埃を払って歩き出す。
「そっちの冒険者たちも悪かったな、仲裁に入らせて」
「いえ、特に何もしていませんし……。結果的に冒険者ギルドに案内してもらえていますから」
あのままだったら全員がふらふらとどこへ出かけていたかもわからない。それぞれが知らない街で独り歩きしていても何の問題もないくらいには強いから、危機感に欠けているのだ。
「何をあんなにがなり立てていた」
「あいつ、俺の姿見て子供だと思ったんだろうな。置いてあった発掘品の価値を説明し始めたところで、金だけ放り投げて持っていっちまった。どうせあれが何かわかるやつでも転売仲間にいたんだろ。売るのが大変だって分かって、俺が嘘ついたから金返せって乗り込んできたんだよ」
「馬鹿だねー。買った時点で嘘を見抜けなかった方が悪いのに」
コリンが同情すると、ヨンはむっとした顔で睨みつける。
「俺は嘘ついてない。それに、売るとも言ってなかった。発掘してきた物は価値のわかるやつに売りたいんだよ、俺は」
怒りが収まった状態だからなのか、先ほどとは打って変わって冷静だ。早口にもならず、淡々と言い返している。
モンタナが一人頷いてヨンの言葉に同意してるのは、彼もまた露店で自作の物を売ることがあるからだろう。
「発掘品って……その〈ヴィスタ〉とかに持っていったら研究するために買い取ってもらえるのでは?」
「……いちいち往復するのか? ここと〈ヴィスタ〉を。本当に買い取ってもらえるかわからないものを持って。最初から後援がついてるときはいいんだけどな、そうじゃない時の発掘は赤字ばっかりなんだよ。だから仕方なく露店で出てきたものを売って凌いでる。売るものは選別してるけどな」
「ふーん、売れんの?」
「たまに売れる。後で効果がわかったりして、ものすごい価格になるものもあるからな。目利きは露店をめぐって色々買い込んだりするぞ。さっきみたいな馬鹿が真似して、馬鹿みたいな失敗して、馬鹿みたいな言いがかりをつけてくる。思い出したらまた腹が立ってきたぞ! あ、やめろ、落ち着くからまた荷物みたいに持とうとするな」
ぬっとジーグムンドの手が伸びてくると、ヨンは両手をふってそれをはじいた。
「ホントだって、もううるさくしない」
「信じるぞ」
ジーグムンドが手を引くと、ヨンは大きなため息をついて足元に落ちていた石を蹴飛ばした。
「大変なんですね、遺跡の発掘も」
「そうさ。道具は消耗品だし、遺跡を維持するための建材も自腹。俺たちはいつも金欠で、仕方なく冒険者としての依頼を受けたりすることもある」
「冒険者ではなく、遺跡の発掘が主な仕事ってわけですか?」
「そうだよ。でも発掘品ってなんだか高く売れないんだよ。俺は昔のことを知るのって大事だと思うんだけどな。レジオン総合学園とか、持っていくと意外と買い叩かれるんだよ。風の噂で南の大陸にはもっと自由な学園都市があるって聞いたから、そっちにでも移住するべきかもしれないよな。なー、ジーグムンド、南の大陸へ行く護衛の依頼とか探さないか?」
長々と話したヨンは、そのままジーグムンドに提案をする。
ハルカ達がいることなんてお構いなしだ。
まあアルベルト以外は割と興味を持って耳を傾けていたので、ハルカ達にとっても悪い雑談ではなかったけれど。
「まだこの街にはたくさん遺跡があるぞ」
「分かってるよ、分かってるけど、生活が立ちいかないんじゃどうしようもないだろ」
「人並みの生活はできているだろう」
「俺達のやってることって、人並みの生活ができる程度の仕事なのか? 昔の技術は今よりはるかに発達してたってのはもう間違いないんだぞ。決定的な機構が書かれた書物や当時の工房なんかが見つかったら、世界は一気に発展するかもしれないぞ!」
「ヨン、金持ちになりたいのなら他の仕事をしろ」
「見くびるなよ! 金持ちになりたいんじゃない! 俺は俺達のこの遺跡発掘っていう仕事が安く見られているのが許せないんだよ! どかんとでかい発見をして見返してやりたい! そう思うのは間違っているか!?」
ジーグムンドの腕が無言で伸びて、ヨンの腰のベルトをつまみ宙ぶらりんに吊り上げる。
「約束は守れ」
「……ちょっと興奮しただけだろ」
「俺は一度信じた」
「……悪かったよ、俺が悪かった。くそう、三十五にもなって弁当みたいに運ばれる俺の気持ちも考えてみろよ……」
「お前三十五歳なの?」
わけのわからない会話の中にやっとちょっと気になるワードが出てきたことに気づき、アルベルトが突っ込みを入れる。
「そうだよ。小人族ってのはな、死ぬまで見た目がこんななんだよ。俺は年上なんだからお前とか言うなよな」
「ふーん、ずっとそんな見た目なのか。じゃあ見た目じゃ年がわからねぇな」
「その辺は言動で判断してくれ。話してればなんとなくわかるだろ」
「お前はわかんねぇけど」
皆が思っていたことをアルベルトが正直に口に出した。
ヨンの言動はせいぜいアルベルトと同年代かそれ以下くらいだ。
ついこの間会ってきたレオンの方が圧倒的に大人びている。
「お、なんだこいつ、俺に喧嘩売ってるのか? ジーグ、下ろせ、この若造に一発きついのお見舞いしてやるんだ」
「やめておけ、負けるから」
「いくらお前より弱いとはいえ、俺はこれでも二級冒険者だぞ!? こんな若造に」
「ヨン。前に話しただろう、アルベルトは武闘祭に出ていた。それにみればわかる、前よりもずいぶんと強くなっているようだ。お前じゃ相手にならない」
ヨンは眉間に皺を寄せて、じーっとアルベルトを見てから、宙にぶら下げられたまま腕を組んで一言。
「……確かによく見りゃ強そうだな。怪我しちゃ堪らない、さっきの撤回だ、俺を守れジーグ」
「別にお前みたいな小さいの攻撃しねぇよ」
「お、小人族に向かって言っちゃいけないこと言ったな? おいジーグ、この無礼者をぶっ飛ばせ」
「……もういいから黙っていろ、お前は」
「うわぁああ」
ジーグムンドはヨン持ったままぐるぐると腕を回す。
ヨンの悲鳴が揺れながら響き、ゆっくりとその動きを止めたときにはヨンの顔色は悪くなっていた。
「……おぇ、気持ち悪い…………、ジーグ、てめぇ……」
「お前が悪い」
ヨンのぐったりとした姿は、少年のように見えるからこそ哀れだが、三十五歳と思うとちょっと見え方が変わってくる。
二日酔いのおじさん、ハルカの頭にはそんな言葉がよぎっていたのだった。





