また来年
昼を食べて、カフェテリアが閑散としてきてもハルカ達は双子と話をしていた。
二人との話が終われば帰路に就くつもりだったから、後の用事は詰まっていない。
少なくなったカフェテリアの中で、一瞬ざっと人の声が上がる。
ハルカが騒ぎの元を探ると、入り口付近でやたらと背の高い老人が辺りを見回していることに気づいた。やがてその老人はハルカに気が付きまっすぐ歩いてやってくる。
オラクル総合学園の学園長、ガリオン=グベルナー。
二メートルを優に超える長身の老人である。
カフェテリアに現れて目立たない理由がない。
「いやはや、噂を聞いてやってきてみれば、やはりおぬしらじゃったか。特任教授の件、どうなっておるかな?」
「あ」
ガリオンの姿を見た瞬間に、何かそわそわとした気持ちになったのはそのせいだったことに気が付くハルカ。
反応で苦笑するガリオン。
「もうええわい、その反応で分かったからのう。まあ撤回はせんから、気が向いたらいつでも受けてくれればええんじゃ」
「すみません」
断ることを決めていたのに返事を忘れていた。
ここで付け入ろうとしてこないのはガリオンの老練さである。
ハルカのような性格のものは、勝手にこういった件を借りに思ってしまう。
「ふぅむ……。その双子が学園に残らないと言っておるのは、おぬしらが原因か」
「どこにいても魔法の研究はできますので。でしたら見聞を広めようかと」
先ほどまでとは違って若干の責めるようなニュアンスだったが、レオンはすました顔をして返答する。テオドラは小指で耳をかいていたけれど。
「ま、その通りじゃな。折角ここで学んだのじゃから、卒業後も研究の成果を還元してほしいものじゃが」
「自由に学園に出入りできるのであればそれも可能ですね」
「であれば、ではそう取り計らっておこうかのう。特にそちらの特級冒険者殿の魔法は興味深い」
「ありがとうございます」
とりあえず権利だけ得ておいて、情報をどれだけ渡すかはレオンの自由だ。
レオンにとってあまりにも有利な取引だったけれど、ガリオンにしてみればハルカの魔法の秘密を知るための手掛かりが他にない。
是が非でも縁をつないでおきたい。
その結果大したやり取りもなくあっさりと交渉が成立していた。
「適材適所じゃな。どうじゃ、ハルカ殿もついでに学園への自由な出入りを許可しておこうか?」
「……いえ、お気遣いありがとうございます」
学園に所蔵されていると思われる本を自由に読めると考えれば魅力的な提案だが、裏がわからない以上ありがとうございますと受け取るわけにはいかない。
大人は意味のないプレゼントなんてめったにしないのだ。
ハルカはガリオンの裏の意図をくみ取れないまでも、くせ者の気配だけはしっかりと感じ取っていた。
「そう警戒せずともいいんじゃがなぁ。……ま、若者の邪魔をこれ以上すまいよ」
くるりと振り返ったガリオンは、来た時と同じように寄り道をせずにまっすぐカフェテリアから去っていった。
「爺って変な奴が多いよな」
「変じゃない爺って、外うろつかねぇもんな」
アルベルトがガリオンの大きな背中を見ながら言うと、テオドラが同意し情報を付け足す。失礼な物言いを注意しようかと思ったハルカだったが、身近にも思い当たる節のある老人がいたことを思い出し黙り込んだ。
「んじゃ俺が行くまで元気でやれよ」
「迎えに来てあげようかー?」
「あー、どうすっかな。必要だったら手紙出すわ」
「高いけどねー」
「金とるのかよ。出世払いで」
学園の門まで見送りに来てくれたテオドラとコリンが軽口をたたき合っている。彼女らは彼女らで割と仲がいいのだ。テオドラの性格はアルベルトに似ているのだから、コリンと相性が悪いはずがない。
「何らかの方法で僕もそちらに行くと思います。ハルカさん、ちょっと」
近寄ってレオンが顔を寄せると、ハルカも何の疑いもせずに耳を傾ける。
距離だけ見れば怪しいけれど、ハルカの中ではレオンは小さな男の子のままなので、何の意識もされていない。
というか、どんな男にも基本的に恋愛的な意識は割いていない。
「実はもうコーディさんから勧誘をされているんです。〈オランズ〉に人を多く派遣することになりそうだから、そこへねじ込むと」
「あぁ……、なるほど。ということは、コーディさんの事情にもお詳しいですか?」
「そういうことです」
レオンは笑って身を引いてさらに付け加える。
「世の中にはまだまだ僕の知らないことがたくさんあるようですから。……未知のものに出会う楽しさを教えてくれたのは、ハルカさんたちですよ」
「……そんな、何かありましたっけ?」
「僕たちにとっては。ね、テオ」
「あ? 何?」
「テオにはまだ詳しいこと話してないので、もしそちらに行ったら共有してあげてください」
「何の話だよ、さっきから」
「卒業した後の話。ほら、今日中に終わらせなきゃいけない論文あるでしょ。そろそろ戻ってやるよ」
「あー……、終わっかな」
「僕は終わるけどね。終わらなかったらテオドラだけ学園残ることになるんじゃない?」
急に予定をぶち込んだので、急ピッチで卒業を目指している双子に用事がないはずがない。
「すみません、急に訪ねてきてしまって」
「いいんです。卒業する前にどこかで会いたいと思ってたので」
「論文半分しか書いてねぇけどやる気出たわ」
テオドラの発言にレオンが目を剥いた。
「……今半分じゃ終わらないよ?」
「レオ、手伝ってくれ」
「仕方ないなぁ……、それじゃあ本当にまずそうだからこの辺で」
「またな」
相変わらず仲がいいらしい。
昔と比べるとテオドラは人に寄りかかるのが上手になったのであろうことが見て取れた。これならハルカ達の仲間となってもうまくやっていきそうだ。
ハルカ達がいなくなるよりも先に学園内へ戻っていく双子。
レオンがテオドラのいい加減さに文句を言っている声が少しずつ遠くなっていく。
「……楽しみですね、二人が近くに住むの」
「そですね。……楽しみです」
モンタナがじっとハルカの方を見て同意する。
「……なんかありましたか?」
「なんでもないです」
「そうですか……?」
レオンからハルカに向けられている感情。
モンタナにはそれが見えていたが、どちらのためにも口を閉ざしておくことにしたのだった。





