進路
レオンは軽く咳ばらいをして取り繕うと、軽くユーリの頭を撫でてから笑顔を作る。
「なんにせよ、元気そうで嬉しいよ」
「……うん」
ユーリが微笑んで頷くと、双子もそれぞれ少しずつ表情を柔らかくした。
初めて会ったときは取り付く島もない二人だったのに、随分と穏やかに成長したものである。
ハルカはレオンやテオドラの表情に周囲がざわついていることにも気づかず、呑気にそんなことを思っていた。
立ち止まって目を見開いている人がいたり、女性が黄色い悲鳴を上げていることから、普段はもうちょっと塩対応しているであろうことは十分に推測できるのだけれど。
「今回もコーディさんに用事があってきたんです?」
「ええ、そんな感じです」
レオンは昨年に続いてまたついでであることを少し残念に思っていたけれど、それを顔には出さない。
「折角〈ヴィスタ〉まで来たのに、顔も見ずに帰るのは寂しいですからね」
そして続く言葉に少し硬くなりかけた心をすぐに溶かす。
初めて心開いた血のつながりのない大人に、レオンは振り回されっぱなしだ。
「用事の内容とか聞いていいの?」
「お二人のことは信頼できますが、話すとご迷惑をかけるような内容ですので……」
「冒険者って秘密が多いんですね。少しぐらい迷惑をかけてくれてもいいのに」
「少しで済めばいいのですが」
今ハルカたちがコーディと共に秘密裏に進めていることは、世界中に散らばる幾万と存在するオラクル教徒そのものを敵にしかねないとんでもない話だ。
レオンが探るようにハルカの顔をじっと見つめたけれど、それでうっかり口を滑らせるわけにもいかない。
そっと目を逸らしながら、ハルカは話題を変える。
「……そういえば、宿を作ったんですよ」
苦しい話題転換に食いついたのはテオドラの方だった。
「へぇ! 宿って、優秀な冒険者しか作れないやつだろ? すげぇじゃん。卒業したら俺もいれてくれよ」
「お前冒険者じゃねぇじゃん」
「じゃ、卒業したら冒険者になるわ」
「まだまだ先だろ」
アルベルトの軽口に、テオドラはにやりと笑う。
「ばぁか。俺たちがそんなにのんびりしてるわけねぇだろ。な、レオ?」
「……勝手にばらさないでよ。でも、そうだね、来年くらいには卒業できるかも」
「待って待って!? 二人って学園入ってからまだ二年くらいしかたってなくない?」
ずいぶん早いなと思ったのはハルカ。
とんでもないことを言っていると気づいたのはコリンだけだ。
「予定通りいけば、最年少卒業者だぜ。卒業したら、俺も冒険者になってお前らのとこに行く。結構前から決めてたんだよな」
「へぇ、いいんじゃね」
「だろだろ?」
「……アルってテオに甘いよね」
あっさり了承したアルベルトを、コリンはジト目で見つめる。
「コリン嫌なのか?」
「嫌じゃないけどー」
テオドラが身を乗り出して、アルベルトの問いに答えたコリンに顔を寄せる。
「ならいいじゃんか」
「いいけどー」
「なんだよ、文句があるならはっきり言えよ」
「そうだぜ」
「ないけどー?」
コリンの複雑でもない女心だが二人ともそれは理解していない。
「アルが二人いるみたいです」
モンタナがぽろっと漏らした言葉に、アルベルトとテオドラはお互いを軽く睨んで渋い顔をした。そんなつもりはなかったのだが、根っこの部分が似ているせいかどうしても息があってしまう。
「オラクル総合学園を優秀な成績で卒業して冒険者になるなんて、家族に反対されそうだけどね」
「言ったらめっちゃ怒られる」
イーストンの懸念に、テオドラはあっけらかんと答えた。
「……あの、ちゃんと説得してくださいね?」
「それはほら、優秀な俺が入るって言ってんだから、ハルカが説得してくれよ。サラの時もやってくれたんだろ?」
「いやぁ……、あれは状況が特殊でしたから……」
心がぎゅっと絞られる気がして辛いので、ハルカとしては二度と同じような真似はしたくない。双子がしっかりしていることはよく知っているから、できれば本人たちで何とかしてほしいところだ。
「うちは教育者を多数輩出している家柄ですから。いくら自由にやらせてもらってるとはいえ、生半可なことじゃ了承されないだろうね」
「テオはああ言ってますが、レオはどうなんです?」
「僕はまだよく考えてない、かな」
テオドラが先のことを決めているのに、レオンが決めていないことがハルカには意外だった。初めて出会った頃から、レオンの方がずっと計画的で大人なイメージがあったからだ。
「学園に残って研究者になる、とかでしょうか?」
「……それでもいいけど、僕も国の外に出てみてもいいかなって思っているかな。例えば、癪だけどコーディさんのところに世話になるとかね」
「ああ、レオは優秀ですからきっと喜ぶでしょうね。手が空いたら魔法の基礎とかを教えてもらえたらと思っていましたが……、卒業したらしたで忙しくなりそうですねぇ」
思ったような答えが返ってこなくて少しがっかりなレオンだったが、相変わらずピントのずれた答えが返ってくるハルカに、変わっていないんだなという安心感もあった。
それから、ちゃんと魔法を教えてもらうという約束を覚えていてくれたことに、ひそかに心をほっこりとさせる。
ハルカとしてもテオドラとは違った堅実なルートを辿ろうとしているレオンに少しほっとする。オラクル教の枢機卿であるコーディの下で働くことは、【神聖国レジオン】に於いてはエリートコースと考えてもいいだろう。
少なくとも冒険者になると言い出しているテオドラよりは、親から歓迎されそうだ。
「僕みたいな優秀な人材を雇うんだから、行動は自由にさせてもらうつもり。オランズにできるだけたくさん遊びに行けるようにするよ」
「二人とも、相変わらず自信家ですね……」
「……幸い、その理由もできそうだし。ね、モンタナ?」
急に話を振られたモンタナは、横目でハルカとアイコンタクトをとる。
レオンがどんなことまで把握しているかわからない以上、適当な返答をするのは難しい。どうやらテオドラと違って、色々と情報収集には余念がないようである。
ハルカに質問をして困らせなかったのはレオンなりの気遣いか。
「……頼りになりそうですね」
それでも絞り出すように答えたのは結局ハルカだった。
レオンにほんの少しだけコーディの片鱗のようなものを見出した気がしたが、きっと本人が嫌がるだろうから、そのことは口にしなかった。





