ある程度胸襟を開いて
「君たちはいつも私だけこちら側に座らせるよね」
ずらりと前に並んだハルカ達を見て、コーディは愚痴のような言葉を漏らしてみる。
「話すのに俺たちが向かい合ってもしょうがねぇじゃん」
「いや、その通りなんだけどね」
アルベルトに言われて素直に引きさがったのは、この話にコーディ自身大した興味がないからだった。
「それじゃ、私の把握していることから話していこうか。まず、帝国では大きなトラブルになることなく過ごしたようだね。ユーリ君の捜索願が解除されていたよ。それに、帝国の首都カロキアでは、冒険者の連れた大型飛竜のお披露目会があったとか。君たちのことだろう?」
「はい、そうですね」
「これから先、ユーリ君の身の安全は保障されたと思っていいのかな?」
「現状ですとそうなります」
「なら良しとしようか。どんな話し合いがあったのかまでは聞かないでおこう。もし私の力が必要になったら説明してもらうけれどね」
事細かに説明を求めてくるかと思っていたハルカからすると意外だった。
現状の確認だけをしたコーディは、あっさりと引き下がり次の話題に進もうとしている。帝国の情報なんていくらあっても困らないだろうに、おかしな話だと思っていた。
「いいんですか、色々と聞かないで」
「どうしても必要になったら尋ねるよ。ついでに聞いていいような情報じゃない。それは与えた情報に対してもらいすぎになってしまうからね。私はね、君たちの協力者でありたいんだ。君たちにぶら下がってうまい汁を吸う虫にはなりたくない」
「そんなことは……」
そんなことは思わないと言おうとして、ハルカは途中で言葉を止めた。
コーディのまっすぐな目は、そんな言葉を必要としていないように見えたからだ。
「さて、それじゃあ次の話だ。私の予測によれば、エトニア王国は吸血鬼に支配されていたね? ゲパルト辺境伯領の異変は、そこから来た吸血鬼たちによるものだった。ハルカさんたちはそこの問題を解決し、吸血鬼たちをせん滅。てっきりエトニアの方にもかかわってきたのかと思ったのだけれど……、それにしては帰りが早かったようだ。どうだい、間違っているところは?」
「ほとんど仰る通りです。……ただし、ゲパルト辺境伯領にいた吸血鬼は一人、連れ帰りました」
「連れ帰った?」
予想外の返答にコーディが思わず問い返す。
イーストンが吸血鬼を討伐して回っているという情報を知っていただけに、驚きの報告だった。
「はい、迷いの森の主と呼ばれていた千年ほど生きているカーミラという吸血鬼です。彼女だけはエトニア王国から来たわけではなく、強力な能力をもつ吸血鬼として勧誘されてやってきていました」
「イーストンさんは、それでよかったのかな?」
発言の端々にカーミラを擁護するような雰囲気があるハルカよりも、厳しい視線を持っていそうなイーストンに問いかける。
「……僕のこと調べたでしょ?」
「それなりに」
「まぁ、いいけどね」
隠す気もないコーディに、イーストンは肩をすくめて続ける。
「カーミラは能力が非常に高い吸血鬼だよ。首だけになっても何日でも生きる、吸血鬼の王たる血筋を引く者だ。でもね、君たちにとって幸いなことに、カーミラは寂しがり屋で甘えたがりで、争いごとが好きじゃない。殺す必要がない、それが僕も含めた全員の結論だよ。君にとっては嬉しい話なんじゃないかな?」
「……うん、いい話だ。続けよう」
しばし目を伏せたコーディは、頭の中でどんなそろばんをはじいたのか、真剣な顔をして頷いて顔を上げた。
「今回の件を話しておこうか。そちらに行った神殿騎士第三席【鉄心】テロドス殿は、オラクル教内でも公明正大で有名な騎士だ。どの枢機卿にもすり寄らず、オラクル教の教えを信じつつも、自分の目と耳で確認することを怠らない柔軟な思考を持つ人物だ。君たちなら仲良くなれたんじゃないかな?」
「ええ、まぁ」
「彼を派遣するにもなかなか手間がかかったのだけどね、面倒ごとにならなくてよかったよ」
「わざわざお手間をかけたようで」
「いやいや、私が悪い部分もあるからね」
その言葉にピクリと反応したのはモンタナとコリンだった。
ちらっと互いにアイコンタクトを躱すと、コリンがおもむろに口を開く。
「あのー、コーディさん、枢機卿になられたそうですね」
「うん、まあね。偉くならないと自分のやりたいことってできないからね」
「おめでとうございます」
「ありがとう」
「それで、コーディさんが枢機卿に就任されたから、そこと仲良くしている【竜の庭】にああして使者がやってきたんですよねー?」
「……うん、君たちますますやり難くなっている。頼りになるよ。訂正しよう。私が、後手を踏んだのが、悪かった。就任直後だったというのは言い訳にしかならないけれど、忙しかったんだ。これでいいかい?」
「はーい、いいと思いまーす」
「代わりといっては何だけれど、私の手は今までよりも更に広く遠く伸ばせるようになった。きっと何かの役に立つはずだ」
ハルカは目を丸くして言葉の応酬をただ聞いていた。
聞いてみれば仲間たちの指摘ももっともだが、しかしコーディとは持ちつ持たれつでやってきた以上、ハルカの方からはこれ以上責める気にもならない。
「ええと、ではほかにもいくつか報告があるのですが、いいでしょうか?」
「うん、ハルカさんの話す言葉を聞くとなんだか安心するよ」
「どういう意味です?」
「あとアルベルト君がいつもつまらなさそうによそ見しているのも心休まるね」
「は? 何言ってんだこのおっさん」
一国のトップにも近い存在に対しておっさんと言い放ったアルベルトを見ても、コーディは穏やかに笑ったままだった。
流石にちょっと馬鹿にされたことに気づいたハルカが目を細くしたけれど、コーディにとってはその分かりやすい仕草も、つかの間の癒しとなった。





