日常に加えられていく景色
〈オランズ〉には立ち寄らずに、そのまままっすぐ西へ向かう。
街や村へ寄るとまた交渉に時間がかかってしまうので夜は野宿だ。
時折雨が降ることはあるけれど、比較的暖かい季節なので夜も過ごしやすい。
何なら雨に遭遇したときは、ナギに足を早めてもらうと雨雲の下から抜け出せることもある。地面で寝るのは慣れたものだったし、悩みとは無縁の穏やかな旅だ。
やがて山を越えると、そこは【神聖国レジオン】の領内になる。
一応国境付近に川が流れており、そこの端で検問が行われている。
川の付近まで飛んでもらい、そこで一度地面に降りた。
検問所から騒がしい声が聞こえて、武装した騎士が数名姿を現した。
橋のあちらとこちらでにらみ合うような形となったが、ハルカ達に戦う意思はない。手前にナギと仲間をおいてハルカは一人で橋を渡っていく。
そうして声が届くであろう辺りまでくると、ハルカは足を止めて声を張った。
「宿【竜の庭】、特級冒険者のハルカ=ヤマギシです。友人であるコーディ=ヘッドナート氏に会うためにやってきました。彼からはあちらに待機する竜、ナギを〈ヴィスタ〉の中にある彼の庭へ降ろす許可を頂いています」
大きいので外に泊まってもらうつもりだが、予定に変わりはない。
一歩前出た騎士は、ハルカの声にこたえる。
「話は伺っております。特級冒険者ハルカ殿と飛竜がやってきた場合、そのままお通しせよと! 〈ヴィスタ〉近郊に着きましたら、道や畑をそれて騎士をお待ちください! そのまま街へ侵入することはお控えください!」
「承知しました、それでは失礼いたします」
「は、良い旅を!」
ちゃんと手回ししておいてくれたらしい。
以前とは違って滞りのない入国となったことにハルカは喜んでいた。
ハルカの能力で飛んできた場合、もう少し目立たないで進むことができるかもしれないけれど、代わりに得体が知れない。
歩いて旅をすると時間がかかりすぎる。急ぎの用事がある時には選択が難しい。
それならばいっそ、ナギと一緒に来た方が堂々としていてわかりやすいだろうと思ったのだ。
それが正解だったかはわからないけれど、今のところ悪くない感触だ。
帝国でナギが見世物として喜ばれていたので、ハルカもナギを人に見せることにちょっとだけ、妙な自信を持ってしまったようである。
「早かったねー、話通ってたの?」
「はい〈ヴィスタ〉の近くまで飛んでいっていいそうです」
ナギの背に乗り込みながらコリンと話していると、後ろから登ってきたイーストンが、未だに橋の上にいる騎士たちを眺めながら呟く。
「話を聞くとコーディさんが本当に国内に力を持っている人物だと実感するね」
「情報沢山持ってるのも納得です」
下からひょっこり顔を出したモンタナが答えると、イーストンはうっすらと笑う。
「でもそんなに偉い人が、あんな感じでいいのかな? オラクル教も大変だよね」
以前話したときにはバチバチに牽制をしあって話していたので、思うところが少しあるのだろう。嫌いとかではなく、コーディという人物に対する評価がしっかりしているのかもしれない。
「ちゃんとしてると思いますけど」
「オラクル教としてちゃんとしている枢機卿は、破壊者とまともにコミュニケーションをとろうだなんて思わないよ」
「……それは、そうかもしれないですね」
人側であるはずのハルカより、半分破壊者であるイーストンの方がオラクル教に詳しいのはやや問題のある話だ。どっちがオラクル教の敵かで選ばせたら、ハルカの方が劣勢になりそうである。
【神聖国レジオン】の国内は街の外も広く人が暮らしている。
騎士が巡回しているおかげで国内の治安はよく、野生動物による被害も少ない。
表向き軍事力がないことになっているけれど、騎士の力を結集すれば厄介な戦力になる。攻略しようとしたところで根強い抵抗にあうに違いないだろう。
ただし部隊規模の行動が得意であっても、軍隊規模まで行くと連携がうまくとれないので、いざ自分たちから戦争を起こすとなればまた話は違ってくる。なかなかどうして、宗教と力とでバランスが取れた国である。
眼下では時折、道を巡回する騎士たちが、空を飛ぶナギを見上げている。
騎士たちも大型飛竜と特級冒険者の話は聞かされているけれど、人を幾人でも丸呑みしそうな竜が頭上を飛んでいくのは恐ろしい。
当然畑仕事をする人も、村で暮らす人も、竜の存在におびえ騎士達に相談をする。いちいち迷惑な話だが、直接害をなすような特級冒険者と比べればかわいいものだ。
拠点を出て一週間弱で〈ヴィスタ〉の街が見えてきた。
何度見ても大きく美しい都だ。
すそ野に広がる畑は、今の季節だと青々としており〈ヴィスタ〉の遠景に、また違った印象を与えている。
畑を避けて着陸するとなると、街の外壁からはそれなりに離れた場所にある、森の前あたりになるだろうか。
植林をしているのか、森の木々は上から見ると綺麗に等間隔に植えられている。人がいないことを確認してから、それでも何かを間違って踏みつぶしたりしないようにナギはゆっくりと地面に降り立つ。
材木置き場のようになっているその場所で、ナギはペタリと地面に伏せた。
背中から降りると、モンタナがくるりと森の方を見てハルカに声をかける。
「人いるですから、危なくないですって伝えてくるです」
「すみません、お願いします」
「ユーリも一緒に行くです?」
「ん、行く」
モンタナと手をつないで森の方へ向かうと、緊張して様子を見ていた人たちがゆっくりと顔を出してくる。
警戒心を解くためにはちょうどいい人選だ。
二人が木こりたちに説明をしている間に、ハルカはヴィスタの街を仰ぐ。
「コーディさん、連絡なしに気づきますかね」
「気づくだろ、あいつそういうの得意だし」
「逆に気づかなかったら付き合い考えたほうがいいかもしれないね」
アルベルトは当然のように、イーストンは笑いながら答えた。
枢機卿コーディ=ヘッドナート。何とも信頼の厚いことである。





