舎弟1号
部屋の中から見ると寂しげに見えた二人の背中。
実際のところはどうかといえば、これが意外と盛り上がっていたらしい。
話すことを話して外へ出たときには二人は手合わせを終えていい汗を流していた。
結果だけならばタゴスが圧倒的に勝利したらしいけれど、トットも善戦したんだとか。数年たったとはいえトットはまだ二十代前半だ。一級冒険者のタゴスと戦って認められるなんて大したものだ。
「で、あの偉そうな騎士は結局何しに来たんすか? オラクル教の偉い人らしいすけど、姐さんのとこまで案内してほしいってことで連れてきたんすよ。身元は保証されてたすから。連れてこないほうが良かったすか?」
ハルカが痛む部分を治してやると、トットは起き上がって丁寧に礼を述べてから、テロドスの話をする。
「いえ、どちらにせよそのうち来ていたと思いますよ。だったら知っている顔が一緒にいたほうが安心できて良かったです」
「迷惑かけてなけりゃいいんすけどね。……ところで、俺最近幹部待遇で【悪党の宝】に誘われてるんすよ」
多少荒っぽかったりアンダーグラウンドな部分はあれど、〈オランズ〉では一番の宿だ。幹部待遇ともなれば、これからの生活は安泰といえるだろう。
「すごいじゃないですか!」
ハルカが手放しで褒めてやると、トットは複雑そうな顔をして目を逸らす。
「や、そうじゃなくてっすね……」
「はっきり言えよ」
「うるせぇ」
アルベルトがせっつくと、トットは歯をむき出して言い返す。この辺の関係は階級が変わってもあまり変化ないようだ。
「……や、【竜の庭】は宿メンバー募集しないんすかね?」
「……トットは、もしかしてうちに入りたいんですか?」
「ずるしようとかじゃなくてですね、試験とかあるなら受けるんすけど」
「ここ、街から遠いですよ? 別に街で冒険者の活動をしてても構いませんが、拠点が遠いと不便じゃないですか?」
「……あの、もしかして入っていいんすかね?」
「……いい、ですよね? トットなら別に。うちは別に何か条件があるわけじゃないですし……、皆が良ければ」
ハルカは左右にいる仲間の方を見ながら尋ねる。
「いいんじゃない? 新人に意地悪とかしないならだけどー」
「もうしねぇよ」
コリンにからかわれてうんざりとした顔で答える。
ハルカと初めて対峙したときの恐怖はまだ忘れていない。心の底から全面降伏をしたのは後にも先にもあの時一度きりだ。
「じゃあええっと、こっちで加入証明とか作って渡せばいいんですよね。あ、街で活動するのなら、丁度いいのでサラさんのことを気にかけてもらってもいいでしょうか?」
「サラって……、あの女の子すか」
「はい。トットさんとすれ違いくらいで、街へ行って冒険者活動を始めたんです。エリとカオルさんが一緒に行ってくれたはずなんですが、見かけませんでしたか?」
「いや、どっかですれ違ったんすね。わかりました、お安い御用っすよ」
ぱっと見犯罪者な容姿を精一杯真面目に作り上げて、トットは深く頷いた。
こんな容姿でも、今はハルカの言うことはなんでも真面目に聞くし、冒険者活動だって真剣にやっているのだ。
最近では意中の娘と仲良くなってきているし、意外と順風満帆な人生を送っている。悩みがあるとすれば、昔からの連れ合いたちにしょっちゅう飯をたかられることぐらいだろう。
ハルカと出会った頃は鼻は伸び切っているのに、成長は伸び悩むという最悪の状況だっただけに、それ以降の成長を全てハルカのお陰と思っている節がある。ハルカを姐さんといって慕っている姿は伊達ではない。
ちなみにたかってくる昔の連れ合いたちは、相変わらず五級ぐらいでのんびり街の任務をこなしているようである。
ハルカは準備だけして自分のサインを書き込んだ書類をトットへ預ける。
もうすぐ夜になるというのに、書類を受け取ったトットは足取り軽く、走るように拠点を去っていった。
そしてそれを見送るタゴス。
トットに勝利したはずなのに、自分は宿に入りたいとも言い出せずにいた。というよりは、本人ですらその欲求があることに気づいているのか定かではない。
羨ましそうな顔を傍から見ると、どう考えてもそうなのであるが、人付き合いをあまりしてこなかったタゴスには少し難しい話のようだ。
コリンやモンタナはその様子に気が付いていたけれど、わざわざハルカに進言したりはしない。初めに迷惑をかけてきたことはきちんと覚えているのだ。あまりすぐに甘やかす気はなかった。
タゴスは一人で住む小屋の中に入り、もやもやとした気持ちを抱いたまま目を閉じる。一流の冒険者はどんな状況だろうと体をしっかりと休めることができる。幸いなことにタゴスはその領域にいる冒険者だったので、悩み事を抱きながらも、今日もぐっすりと眠ることができるのであった。
翌朝昼前。
〈ヴィスタ〉へ向かう予定のメンバーが、拠点の屋敷前の広場に集まっていた。適当に荷物を詰め込んだ袋をそれぞれ持っている。
一応前回コーディの屋敷に寄ったときに、庭にナギを止めていいと言われているから、街の中まで乗り入れることができる。しかし、ナギもずいぶん大きいから、庭に着陸したら植え込みの一つや二つ駄目にしてしまうだろう。
街の近くに降りて、いつも通り街の外に泊まっていてもらうのが無難だ。
こっそり動こうが派手に動こうが、マークされている以上行動は最終的に筒抜けになることだろう。
ならば選ぶのは快適性だ。
ハルカ達は今回こそ、途中にある【独立商業都市国家プレイヌ】の街の一つ、アシュドゥルに立ち寄ってみるつもりでいた。遺跡がたくさんある街と聞いて、ずっと楽しみにしていたのに寄り道できていなかったからだ。
いつだか山中で助けたオレークという冒険者も、ハルカの頼みを真面目にきいて、美味しいごはん屋さんを探して待っているらしい。毎回頭上を通り過ぎるだけでは味気ない。
「それでは行ってきます」
眠たそうなカーミラと、いつもと変わらないノクト。それから仲間たちに挨拶をして、ハルカ達はいつも通りナギの背中に乗り込んで、空の旅人となるのだった。





