出会うの順序
「戻りました。皆さんここにとどまるとのことです」
「そうだと思ったわ」
簡潔に結果だけを述べると、ユーリを抱きかかえたままのカーミラが元気に返事をした。テロドスがいる間は終始無言を保っていたのが噓のようだ。
カーミラについてきた人達は、残って当然だろうなと実はハルカも思っていた。
「だってここは居心地がいいもの」
続く言葉に少しうれしく思いながら、ハルカは空いているソファに腰を下ろす。ユーリが頷くのに合わせて、カーミラが「ね?」とニコニコ笑った。
仲がいい。
「しかし……、断った以上オラクル教は〈オランズ〉の街に騎士をよこすことになるのでしょうね」
「まぁねー。今でも教会はあるし、戦力が充実するって考えたら街としては断る理由もないもんね」
コリンが唇に指をあてながら答える。
信仰心の深浅はあれど、オラクル教を知らぬものも少ない。世間の一般常識として、オラクル教の教えは浸透している。北方大陸に暮らす人々の殆どが、元をたどるとヴィスタ出身なのだから当然のことだろう。
それは例えば神の話であり、人と破壊者の関係の話だ。
人々が追い詰められ肩身の狭い思いをしてから、こうしてまた広く分布し始めるまでの軌跡がその教えを支えている。
ハルカ達だって、この街を出る前までは破壊者に対しては漠然とした知識しか持っていなかった。とにかく人に仇なすもので、出会ったら必ず戦闘になるに違いないと考えていた。
そしてそれは多くの場合事実である。
人の領域で破壊者と出会う場合、それらには目的があるはずなのだ。
勢力の拡大、食料・物資の調達。
人を食料と思っている者がいれば、人を野蛮な種族だと警戒している者もいる。争いにならないほうが珍しい。
だとしたら、人間が守る教えとして圧倒的に正しいのはオラクル教の方なのだ。
ハルカ達には、たまたま仲良くなった半分だけ破壊者であるイーストンがいた。
隠れて人の世界を旅して、悪さをする吸血鬼とこっそり戦っていた心優しき男だ。
出会いが良かった。
もし初めに出会ったのが北方【ディグランド】の巨人であったら、ハルカ達だって別の道を歩んでいた可能性がある。
「できれば……、他の誰よりも先ほどいらしたテロドスさんが来てくださるといいんですが」
「そうだね。落ち着いていたし、こちらのこともある程度尊重してくれそうだったし。……かといって事情をさらけ出すわけにはいかないだろうけどね」
こちらも、先ほどの話し合いでは静かにしていたイーストンが同意する。
カーミラもイーストンも、他人事ではないからどうするべきか真面目に考えていたのだろう。
「それほど急ぐ必要はないでしょうねぇ。まずテロドスさんがラルフさんと交渉するのに、これから半月。〈プレイヌ〉へ行って、テトさんや商人組合がのらりくらりと結論を出すまでひと月からふた月。それを【レジオン】に持ち帰って人選をするまでにさらにふた月からみ月。大きな組織というのは様々な利権が絡み合いますからねぇ。……〈オランズ〉へ人が派遣されてくるのは早くて半年後でしょうか」
ノクトが短い指を折ったり伸ばしたりしながらのんびりと話す。
先ほどまで全身鎧の大男を脅していたとは思えない呑気さだ。
「早めにコーディさんのところに顔を出しに行きます。あちらもそれを求めていると思うので」
「そですね。一緒に行くです」
「あ、今回は僕も行こうかな」
「じゃ、私とアルも」
「レオとテオにでも会ってくるか」
アルベルト一人だけ目的が違うようだが、一緒に来るだけまぁいい方か。
レジーナはどうかとハルカが視線を送ると、ふいっと目を逸らされる。
「あいつキモイから行かない」
コーディとは本能的に相性が悪いのかもしれない。レジーナはものすごく嫌そうな顔をして拒否をした。
それからカーミラの方を見る。
「私はいかないわよ?」
「それはわかってます。ユーリも行きますよね?」
「行く!」
待ってましたとばかりに返事が戻ってくる。
ユーリはコーディ家に世話になったのを覚えているし、コーディの妻であるエステルには、短い間といえどよくよくかわいがってもらった記憶もちゃんとある。
実はレオとテオの双子だって、小さなユーリのことを抱っこしたり、じっと眺めたりと結構かわいがっていたのだ。意外とヴィスタの面々とは縁が深いのである。
「それでは準備したら行きましょうか。こちらで何か変わったことがあったら、判断は師匠にお任せしてもいいでしょうか?」
「いいですよぉ、適当にやっておいてあげましょう」
「ありがとうございます、いつもすみません」
「何もないと思いますけどねぇ」
ノクトは小さな声で呟く。
そして続く言葉である『あれだけ脅かしておきましたし』という言葉は飲み込んだ。
ノクトがいる領域にオラクル教から調査員がやってきたらどうなるか、少なくともテロドスはよくわかっているはずだ。
ノクトは【鉄心】がオラクル教内でも有名な一匹狼であると知っているから、まさかおまけを連れてきているとも思っていない。
そして、もし仮に調査員が勝手についてきていて、それにテロドスが気づいたとしたら、忠告ぐらいするはずだ。
無残な死に方をしたくないならば手を引けと。
特級冒険者の拠点に忍び込むというのはそういうことである。
「まあ、少しのんびりしてきてもいいと思いますよぉ。サラさんのことも気にしておいてあげますからねぇ。……ところで、焚火のあたりで待っていてくれているトットさんとやらに、何かお話をしてあげなくてもいいんですか?」
「あっ」
帰りは自分たちだけで行くというテロドス達に置いていかれ、話し合いをするからと部屋から追い出されたトット。
いろんなことで頭がいっぱいになっていたハルカにも忘れられていたトット。
申し訳なく思い窓を開けたハルカが、焚火の方を見ると、大男が二人してしゃがみこんで干し肉をあぶっている姿が見えた。
仲間外れにされたトットとタゴスである。
ぽつりぽつりと話をする姿は、二人の大きな背中が、ハルカ達にはなんとなく少し小さく見えてくるのであった。





