【鉄心】テロドス
「ここは以前草一つ生えぬアンデッドの住処だったと聞く。そしてさらにさかのぼれば神人戦争における激戦区だったとか。こうしてやってきてみれば、草木が生え川が流れる穏やかな場所だが……。貴殿らはこの地に拠点を構え、街を作るつもりなのだろうか?」
何かそれに問題があっただろうかと記憶を手繰ってみるが、ハルカの知っているうちでは何もない。積極的に街を興すつもりはないけれど、結果的に人が増えて、村、そして町へ発展していく可能性は十分にある。
「現時点では拠点としか考えていませんが」
「……冒険者の宿にこのようなことを言い出すのは失礼も承知だが、戦力は足りているだろうか? これより先に広がるのは〈暗闇の森〉それを過ぎると我々が〈混沌領〉と呼ぶ、破壊者の跋扈する土地になる。アンデッドという壁が消えてなくなった以上、いつそれらがあふれ出してくるかわからぬのではないか?」
当然の懸念ではある。
しかし、いくら身分の高い人物であろうと、他国の人間に【独立商業都市国家プレイヌ】の内政に干渉されるいわれはない。
「足りないとしたら?」
「この拠点に破壊者の進行を阻む何かを用意するべきではないだろうか。貴国で冒険者を多く配置するでも、北方大陸の国々で連合して壁を設けるでもいい。必要とあらば騎士団の拠点を作ることもやぶさかではない。オラクル教は、この場が破壊者の橋頭堡となることを懸念している」
他国が関わってくるような話がいくつか混じっているので、ハルカはゆっくりとテロドスの言葉を咀嚼する。どこを注視して、何と答えるべきか。
そんなことをしているうちに、ノクトがにんまりと笑った。
「ふへへ、つまりぃ、新興の宿である【竜の庭】では戦力に不安があるから手を貸してやろうか、ってことですよねぇ?」
ノクトの煽るような分かりやすい説明に、話についていけずよく理解していなかったアルベルトとレジーナの表情が険しいものになる。
「悪くとらえないでほしい。これはアンデッドがいなくなった時点で、最前線にある街に対して行うはずの提案だったのだ。もし貴殿らがこの場所に拠点を築いていなかったならば、〈オランズ〉の街と交渉をしていた。かつてここが【ディセント王国】の領土であった頃からの古い約定であり、【独立商業都市国家プレイヌ】となった後にもその話はしているはずだ。疑うのであれば北方冒険者ギルド長か商人組合に確認していただきたい」
難しい言葉を並べられると、途端にアルベルトとレジーナの勢いは削がれてしまう。同じ険しい顔でも、今回は頭部に疑問符が浮かんでいる。『うるせぇわかんねぇ』と言って暴れ出さないだけ成長しているととらえるべきかもしれない。
テロドスは北方冒険者ギルド長、というが、ハルカ達はあのギルド長がいかにいい加減な獣人かよく知っている。実質北方冒険者ギルドを回しているのは、破壊者たる吸血鬼のシルキーだ。
癖が強いので積極的に会いたい相手ではない。
「それならばそちらで直接テトさんか商人組合に確認をするべきなのでは?」
「いいや、それでは失礼にあたるだろう。まずは、ここを押さえている貴殿らに確認するべきだと思いやってきたのだ。承認をもらえれば、その足で〈プレイヌ〉へ向かい、許可をもらった旨を伝えるつもりでいる」
つまるところ、上から強制的に執行するのではなく、まずは現場の人間の意向を確認しようというわけである。そう言われると、確かにないがしろにされているような気はしない。
とはいえ、この拠点にオラクル教の拠点を堂々と作られても困ってしまう。知られたくないことが山積み過ぎて、身動きが取れなくなりそうだ。
「お断りしたらどうなりますか?」
「〈オランズ〉に戻り、同じ交渉を。そこを最前線として考えることにするだろう」
ここで秘密がいっぱいあるから嫌だと答えるわけにはいかない。
それではなんと言えば、余計な疑いをかけられずに乗り越えられるのか。それがハルカには思いつかない。
沈黙が数十秒続き、やがてハルカはゆっくりと考えながら言葉を紡いでいく。
「ここは、私達の拠点であり、家です。失礼を承知ではっきりと申し上げますと、信用すべきかわからない方をたくさん招きたくありません。法のないこの場がうまく回っているのは、私達が皆仲間だからです。もし破壊者への対応のため、他所の方を招いたとして、そこの決まりを作るのは誰になりますか? もし私だとして、いらっしゃる方々は従ってくださいますか? 所属国の地位によって、居丈高にふるまわないと確約できるでしょうか?」
テロドスの脳内にふと先ほどのシュートの態度が思い浮かぶ。
自分の信頼できる人物までなら確実に従うと約束できるが、騎士たちの拠点を作るとなると、同じオラクル教内でも思想の異なるものは確実にいる。それぞれの枢機卿の思うところが違うのだから、それは当然のことだ。
どうしてもここへ使者を送らなければならないとなった時、テロドスが指名されたのは、神殿騎士団第三席という地位と強さだけではなく、その公正で公明な性格ゆえだった。
高い地位にいながらどの派閥にも所属していないはみ出し者。
神殿騎士の席持ちとなると、自分の派閥を作るものだが、テロドスにはそんなものは一人もいない。
おかげで他の派閥のボンボンをお供に押し付けられてきたわけだが。
テロドスは嘘をつけない。
嘘をつきたくない。
だから答えない、応えられない。
「できないのですね。……では、申し訳ありませんがお断りさせていただきます。代わりに、有事の際はできる限りこちらで足止めをして、〈オランズ〉の街へ連絡することをお約束いたします。遠路はるばる足を運んでいただいたのに、ご期待に沿えず申し訳ございません」
テロドスは特級冒険者を幾人か知っている。
実際に会ったものもいれば、書類でやらかしたことを見たものもいる。
わざわざ街から離れた場所に拠点を作った特級冒険者がいると聞いて、疑うものもたくさんいたけれど、テロドスにはハルカが何か悪事をたくらむような人物には見えなかった。
枢機卿であるコーディの『彼女はね、悪いことできるタイプじゃないから。余計な心配だよ』という言葉の通りの性格であるように思えた。
だからこそ、テロドスは頭を下げたハルカよりもさらに首を低くして答える。
「数々の無礼を働いたのにもかかわらず、最後まで話を聞き、考えてもらったことに感謝を。私の名は神殿騎士第三席、【鉄心】テロドス。オラクル教として貴殿らと交渉することが再びあるのならば、できる限り私が足を運ばせていただく」
『悪いことをするつもりはなくても、面倒ごとには巻き込まれるけどね』という、コーディの裏の言葉を知らないテロドスは、ハルカに対してしっかりと礼を尽くした挨拶をして、拠点を去っていったのであった。





