質問を三つ
「言い訳をするようだが、教会では聖人・聖女の動きに干渉をすることはあまりない。ただ、彼らが人を救ったという事実を称賛し、支援しているだけだ」
それを聞いてハルカたちはそれぞれ納得する。
冒険者ギルドでさんざん暴れて、あちこちの冒険者と喧嘩して歩いていたレジーナがその称号をはく奪されなかったのは、聖女がそういう存在だったからということだろう。
そもそも称号を与えたのがコーディであったはずだから、テロドスにしてみれば、レジーナもコーディと仲良くしているものの一人、と換算されているのだろう。本人のコーディに対する印象は、勝手に自分のことを知っている気持ち悪い奴扱いだったが。
「なんだよ」
数人から視線を向けられたレジーナはむすっとした顔をした。
「それでぇ、今日は何をしに来たんですっけぇ?」
「質問と、提案に。ところで貴殿は【竜の庭】の一員ではないはずだ。ここにいても問題ないのだろうか?」
「私の師匠ですし、この宿で起きることは全て知っています。そちらにも問題がなければこのままで」
「……そうか。【竜の庭】と【月の道標】には縁があるのだな」
考えるような仕草をしてから口に出された言葉に、ノクトは反応を返さなかった。ハルカもそれがどういう意味で言われたかが理解できないから、ノクトの様子を窺ってそれに倣う。
「質問は答えられるものだけでいい、が、先ほどの人物で、ほとんど答えは得たようなものだな。ここに神子サラ=コートが来ているな?」
「ええ、一応手続きはコーディさんにお任せしてきたはずですが」
「本人が希望したので、信頼できる人物に預けた、とだけ。先ほどその母親の姿が見えたが、父親もこちらに?」
「はい」
「本人らしき人物と森の中ですれ違ったのだが何を?」
「冒険者として活動するために、しばらく拠点を街に」
「成程。……神子としての力だけでなく、本人は努力家であった。また、両親も揃って熱心な教徒であるから、急に姿を消したことでコーディ卿を疑う者もいたのだ」
「ふーん、胡散臭いもんな」
アルベルトの事情を察したような同意に、テロドスは沈黙で答えた。
そしてややあってから言葉を続ける。
「私は、疑っているからやってきたわけではない。真実を明かすためにやってきただけだ。もう一つ、空を謎の方法で飛ぶというのは本当だろうか? 騎士を率いるグレイルという男から報告が上がっているのだ。それ以来目撃の情報がないので、真偽の確認に」
ハルカがサラを迎えに行ったときに取った手段で間違いない。
グレイルという騎士を率いる隊長に迷惑をかけた記憶が確かにあった。
「本当です。騎士とそれを率いていたグレイルさんにはご迷惑をおかけしました」
「結構。そのような魔法を使えるものはいない、と言うものもいたが、一部それが可能かもしれない人物の名前も聞いた」
そうしてテロドスはノクトに目を向けた。
障壁に座っているノクトは、足が浮いており、空を飛んでいると言えないこともない。
「最後に。少し前、王国の騒乱が起こっている中、一部の街が破壊者の吸血鬼に占領されていた、という噂がある。それに関して何か知っているか?」
イーストンは表情を変えず、カーミラはユーリの後頭部の髪の毛に顔をうずめながら細く目を開ける。
「……王国のことに関して、私に聞くのは良くないのではないですか?」
「……なにか、知らないだろうか」
言い訳をすることも、適当なごまかしをすることもしない。
ただその一点を押してくるテロドスの意思をハルカは考える。
しばしじっと目を合わせて、そして一度ゆっくりと瞬きをしてから答えた。
「知りません」
「……結構。質問はそれだけだ、ご協力感謝する。では提案に移りたいのだが、その前に、そちらから何か聞きたいことは?」
あっさりと引き下がったテロドスに、ハルカは内心ほっとしていた。なんとなく、答えなくてもいいという意思をテロドスの瞳から考えとったのだ。よくわからないが、テロドスにも色々としがらみがありそうだと眉を顰める。
「あ、はーい。私たちオラクル教の組織には詳しくないんですけどー、コーディさんってどれくらい偉いんですか?」
テロドスからの提案にすぐに乗ったのはコリンだった。
なんとなく想像はついているのだけれど、教会の組織というのは外部から見えにくい。折角そちらに詳しい人が答えてくれるのだから、機会を逃さず聞いておこうということなのだろう。
「……あまり詳らかにするようなことではないが、こちらの質問にも答えてもらったのだ、答えよう。一番上に教皇様、その下に枢機卿が五名。私たち神殿騎士他、騎士のまとめ役が一人。【神聖国レジオン】の内政の方針を決めていらっしゃる方が一人。学術機関全般を見ていらっしゃる方が一人。教会の教えをまとめていらっしゃる方が一人。そして最後に、外部の折衝や、新たな人物の選定をしていらっしゃる方が一人。これが枢機卿の中で一番若いコーディ卿だ。少し前に先任者が退かれて、任命されたばかりだがな」
思いのほか高い役職に、ハルカは驚きつつ尋ねる。
「実質二番手ってことですか?」
「そういうことになる」
「外をうろうろしていいような身分じゃない、気がするんですが……」
王様をやっといて冒険者活動もしている身近な誰かのことは棚に上げているようだ。
「教会内でも、賛否はある。が、手腕は認められている」
テロドスは、やっぱり自分の意思、というよりもただ淡々と事実を述べるようにそう答えた。





