我慢強くなった!
兜を脱いで現れたのは、壮年の男性だった。
やや曇った金色の髪の毛が全て後ろに流されており目鼻立ちのくっきりとした、男らしい顔立ちをしている。
「それから、そちらの修道服の女性は、聖女レジーナ=キケロー殿で間違いないだろうか?」
「あ?」
「……こちらに定住したという噂は本当のようだな。元気そうで何よりだ」
「誰だよきめぇな」
何を言われても感情を露わにせずに淡々と話すその様には、人間臭さがあまり感じられず、なんとなしに警戒心を呼び起こさせる。
「いくつか話したいことがあり、はるばる旅をしてきた。時間を取ってもらうことはできるだろうか」
今のところ怪しい仕草は一つもしていないし、レジーナの要求にはすべて素直に答えている。
人から誤解されることの多い人生を送ってきたハルカからすると、ここまでの言動でこのテロドスという騎士を疑う気にはなれない。気になるのは従者のシュートという少年が、レジーナのことを睨んでいることぐらいか。
ちなみにハルカはレジーナの心配ではなく、このシュートという少年の方のことを心配していた。いつレジーナの手が出てもおかしくない。
「構いません。ご案内しますので、そのまま中へどうぞ。……あと、そちらの馬は竜を見ても大丈夫ですか?」
「竜がいるのか」
「ええ、あ、ほら」
ナギを先頭に、中型飛竜が後に九頭続いて飛んでいく。
スコットの連れてきた飛竜たちも、いつの間にかハルカたちの飛竜と仲良くなったようだ。
拠点ではいつもの光景だけれど、初めて来た二人にとっては違う。
テロドスは空を見上げてその姿を視線で追いかけながら、馬の背中を撫でただけだったが、シュートはぶるりと体を震わせたことは傍から見ても分かった。相当恐ろしかったのか、レジーナが鼻で笑ったことにも気づかない。
馬よりもシュートの方が足に来ていそうだ。
「大型の飛竜は、あれほど大きいのだな……」
独り言ちて、テロドスはゆっくりと視線をハルカに戻す。
「馬は駐めるところがあれば、どこでも構わない」
「わかりました。では行きましょう」
拠点へ戻る途中、まだレジーナの恐ろしさを知らないシュートが、こっそりと場所を移動する。テロドスへの態度を不満に思ったのか、忠告する気だった。
それを後ろから歩いてきていたトットに咎められる。
「おい、何しようとしてんだ」
「……あなたには関係ないでしょう」
「俺は一応護衛だぜ。お前が殴られる前に止めてやっただけだろうが」
「殴られる?」
シュートがきょとんとした顔で問い返す。
そんな暴力的な手段に訴えてくるとは露ほどにも思っていなさそうだ。
「仮にも教会に属する聖女ですよ……? 神殿騎士のテロドス様に対してあの態度は……」
「お前、目が腐ってんのか?」
突然の暴言にシュートは目を白黒させる。それだけで圧倒的な育ちの良さがわかってしまうけれど、トットはそんなことお構いなしだ。流石元祖街の荒くれ者みたいな顔をしているだけある。
「あの顔見てまだぶん殴られねぇと思うのかよ」
首がぎりぎりとひねられ、眉間には深く皺が寄り、三白眼が見開かれてギロリとシュートの方を見ている。レジーナはそうしながら、片手に持っている超重量の鉄の塊で、自分の肩をとんとんと叩いていた。
そろりと近づいてきたくせに、後ろでごちゃごちゃ話しているから、何かされる前に殴ろうか考えていたところである。ついでに横にいる目つきの悪い大男もぶっ飛ばすか検討していたことには、さすがのトットも気づかない。
「そういう常識が通じるやつじゃねぇんだよ。俺なんか道でしゃべってただけで蹴り飛ばされた上にぼこぼこにされたんだからな」
「…………し、しかし、その、聖女ですよ? 人を救った高潔な女性に与えられる称号で」
「じゃ、注意してこいよ。俺は忠告したからな、もう知らねぇ」
もう一声止めてもらおうとしたところで、シュートの言葉は遮られた。言うことだけ言って、トットはあっさりと引き下がる。それどころか、これ以上構っていると巻き添えにされそうだと、シュートからさっと距離を取った。
ここが限界だと察したのだ。
しっかり冒険者としての経験を積んできたのだろう。危機察知能力はかなり上昇しているようだ。
「レジーナ、悪いんですが先に行って、コリンとモンタナにお客様がいらっしゃったと伝えてもらえませんか? それからダリアさんにもお茶の準備をお願いしたくて……」
足を留めていたレジーナはシュートのことをしっかりと睨みつけてから、ふんっ、と鼻息を漏らして早足で先を歩いていく。
ハルカは何も察しが良くなったわけじゃない。トットが無駄に大きな声で不穏な会話をしてくれたおかげで気づけただけである。
レジーナが言うことを聞いてくれたことに、ハルカもほっとしていた。
相手が冒険者や荒くれ者ならばともかく、事を荒立てたくないオラクル教の、それも身分のありそうな相手だ。レジーナが相手をぼこぼこにしました、なんて理由で、交渉すら始まらずに痛い腹を探られるような事態になるのはごめんだった。
「トット、ありがとうございます」
「姐さん、あいつちょっと気が長くなりました?」
「実はそうなんですよ。最近はちゃんと話も聞いてくれますし」
「俺もう喧嘩になるの覚悟してたんすよ、今」
「ここに来たばかりの頃だったら、最初に会った時点で手が出てましたものね。すごく穏やかになりました」
自分の常識からかけ離れた会話を聞きながら、シュートは冒険者ってなんて野蛮なんだろうと、心の中でこっそりと考えていたのだった。





