近い存在
拠点で一緒にいて、たまに魔法を見せてもらっていたのに、サラはあまりハルカのことを知らない。
知っているつもりだったのは、ダークエルフであること、体が丈夫であることと、魔法使いであること。それから特級冒険者で、とても穏やかな性格をしていること。
新たに知ったことは、破壊者に王と崇められていること、魔法使いのはずなのにとてつもない怪力であること。
サラもまた最先端の学問を修めてきたものだから、身体強化と魔法のどちらをも使える者が大変希少であることを知っている。しかし先ほどの力はどう考えても、身体強化を使用していないと説明のつかないものだった。
そして同時に足元を魔法で固定すると本人が宣言していたのも聞いた。
知れば知るほど得体が知れない。それなのに怖くならないのは、ハルカの人の好さを知っているからだった。その力が、理由もなく自分に向けて振るわれるはずがないと信じているからだった。
帰りの途中で日が落ちてしまったけれど、それでもナギは月明かりを頼りにまっすぐ拠点へ向かっている。
その背中の上で、ハルカはサラへ問いかけた。
「どうでしたか?」
「……思っていたのと全然違いました」
「そうですか……、私が仲良くしている理由、納得できましたか?」
「はい」
感触的に問題ないだろうと思っていたハルカだったが、返事を聞いてほっと息を吐いた。
オラクル教の中でもサラはかなり変わっている方だ。しかしそうだとしても、時間をかけて関係を作り、真摯に向き合うことができれば許容してもらえることもあるのだと。
「しかし前も話した通り、ちゃんと怖い破壊者もいます。だから、見かけたら関わらないというのは間違った判断ではないんです。……リザードマンの中だって、彼らのように気のいい者たちもいれば、そうでない者もいるかもしれませんね」
ハルカが思い出すのは吸血鬼や巨人のことだ。
人を餌としか見ていない吸血鬼たちと、人と関わることに幸せを感じるカーミラ。
人を串刺しにして頭から食べるような巨人と、人に認められたかったブロンテス。
「その区別はどうやってつけたらいいんでしょうか?」
「……うーん」
きかれたってとっさに答えられるものじゃない。なぜならハルカはそういった善悪の区別をつけることが、かなり苦手だからだ。
頼りにならない宿主の代わりに、隣にいた少々元気が出てきたイーストンが答える。
「区別なんてつかないよ。でもね、相手より強くないとそもそも悩む時間も確保できない」
「強い、ですか?」
「そうだよ。ハルカさんは攻撃されても騙されても、相手がなんでそれをしてきたか考える余裕がある。でもサラは同じことをされたら死んでしまうからね」
「……私もちゃんと色々考えて接してますよ?」
「悪いとは言ってないよ?」
「私がいつも騙されてるみたいじゃないですか」
「いつもではないね」
深追いするほど傷を負いそうな気配に、ハルカは口を閉ざすことにした。思い出してみれば心当たりがいっぱいあるので、反論の余地はない。
「……頑張ります。冒険者として活動して、皆さんの足を引っ張らないくらい強くなります」
「……いい意気込みだね」
皆の足を引っ張らない、つまり一級冒険者相当ということになるのだが、イーストンはその難しさをわかっていながらも褒めるにとどめておいた。若い子が頑張ると言っているのに、わざわざ横槍を入れる必要はない。
「ところで、こうして破壊者のことを知ったうえで僕を見て、何か思うことないかな?」
「イースさんを、ですか……?」
イーストンの紅い眼は夜になるとわずかに光るが、ハルカが光源を出しているとそれも目立たない。整った顔にじっと見つめられて、ただなんだか照れくさくなっただけでサラは曖昧に笑って目を泳がせた。
「そうだね、まずは破壊者の特徴を覚えることも大切だね。中には人に紛れてる破壊者だっているから」
元々出発前の相談の時から、サラの反応によってはイーストンは正体を明かすつもりでいた。今まで過ごしてきた時間もあるから、明かしたとしてもそう悪い方には転がらないだろうと思ったからだ。
「僕はね、吸血鬼と人の間に生まれたんだよ。だから半分だけ破壊者だね。……怖いかな?」
「こわくない、ですけど……、というか、人と破壊者の間には子供ができるんですね……」
そっちに引っ張られたかー、とハルカもイーストンも苦笑する。しかしそんな疑問が湧いてくるぐらいには、イーストンの体に半分流れる破壊者の血が気にならなかったということだ。
すでに随分と当たり前の感覚になったからハルカたちは気づいていないけれど、人と破壊者の間に子供ができるというのは、サラにとっては結構な衝撃だった。
犬と猫の間には子供ができないことは、サラだって知っている。
つまり、人と破壊者は、それよりもよほど近い生き物であるということの証明がされてしまったわけだ。
オラクル教に言わせてみれば、成り立ちからして別の生き物であり、意思の疎通など図るべくもなく敵であるとされてきた破壊者。
それが普通に一緒に暮らして子供まで作れるとなると、今までの積み上げてきたサラの常識がガラガラと崩れ去っていっていた。
すっかり難しい顔をして考え込んでしまったサラを見ても、この件に関してはハルカはそれほど心配をしていない。
サラは無鉄砲だけど世話好きで、人のために動くことができる。だからこそ、サラはきっと悩んでいい方向に進んでいけるとハルカは信じているのだった。





