力比べ
手合わせの後すぐに食事の準備が整って、なんとなしに交流会が始まった。
リザードマンの中でも、外に出ることが多い戦士たちも積極的に顔を合わせに来ている。暗闇の森を挟んで距離は離れているけれど、これから接触がないとは限らないのだ。
互いの顔は憶えておいた方がいい。
ハルカ達からすればリザードマンたちに出会っても戦う必要がないけれど。リザードマン側からすると、ハルカの仲間以外の人と出会った場合戦闘になる可能性が高い。
戦っていい相手なのか悪い相手なのかぐらいは把握しておきたいのだろう。
お行儀よくハルカの近くにいるのはサラとユーリ。ユーリは大人しくしているけれど興味津々であちこちに目を走らせ、その一方でサラはやっぱりまだ少し緊張している風に見える。
すでに破壊者に対する認識は改まっているのだけれど、それでも反対側に巨体のニルが陣取っているので少し怖いのだろう。なにせ先ほどサラよりもはるかに強い仲間たちが三連敗しているのだから当然だ。
「ニルさんはやっぱり強いですね」
「そりゃあ年の功だ。さりげなくこちらの次の手を読ませてやると、ちゃんと気づいて隙を狙ってくる。それだけ腕が立つということだが、読み合いばかりは経験がものをいうからなぁ、儂からすればまだまだひよっこよ。だが、あの一際小さいのはちいと厄介だった」
「モンタナですね」
「うぅむ、そんな名だったな。こっちがいっくら罠を張っても中々乗ってこない。熟練の戦士とやり合っているようだったが、ちょいと目に頼り過ぎたな。何も考えずに絶え間なく攻めたら対処に間に合わなくなったようだった。いずれにせよありゃあ天才だな」
「モンタナが頭一つ抜けてますか?」
「いや、そんなこともない、相性の問題だ。そう思うだろう、そっちのひょろい兄さんも」
飲み物だけを摂取しながらイーストンが、気だるげに顔を上げる。日が照っている時間はやっぱり少し体が重たい。
「僕? なんで僕?」
「いやに冷静に儂の戦いを見ていただろう、気づいていたぞ」
「別に……、対面してなければじっくり見ることぐらいできるでしょ」
「どうだか。強そうな雰囲気があるのに、今ひとつ覇気のないやつだ。お前さんも一つ儂と手合わせしてみんか?」
「お断りするよ、勝てるとも思えないし」
ハルカからすると、イーストンはニルに負けた三人と比べたときに圧倒的に強い印象はない。だというのに、ニルは随分とイーストンを高く評価しているようだった。
「つまらんなぁ、やってみなければわからんぞ」
「わかるよ。僕はあなたに勝てない」
「殺し合いなら?」
「やりもしないこと聞く必要あるの? この話やめようよ。そんなに戦いたいならハルカさんに相手してもらって」
「……え?」
急に矛先を向けられて、考え事をしていたハルカは間抜けな声を出した。ニルは手のひらでざりざりと自分の頭をなでながら答える。
「ふむ、言われてみれば陛下とやり合ったことはなかったな。よし、一つ勝負しておくか」
「やめときなよ、痛い目見るだけだから」
「お前さんがやってみろと言ったんだろうに」
「ハルカさんは仮にもあなたのとこの王様なんでしょ。本気にするとは思わなかった」
自分で蒔いた種だとわかっているからか、イーストンが少しだけ焦ってニルの提案に待ったをかける。しかし、やる気になってしまったニルが引く様子は見られない。
「いいではないか、一度くらい。儂らの王なんだから、手合わせくらいしてくれたって罰は当たらんだろう」
「……あー、わかった、力比べとかしたら? 戦闘訓練じゃなくて」
「……ふむ、力比べか、よしそれで我慢するか」
ハルカの方へ向き直って両手をがばっと広げたニル。
手四つで押し合いをする気らしい。体格差を考えるとあまりに大人げない見た目になるが、ニルはそれで自分が有利だとは考えていない。
「あの、すみません、私やるとは一言も言っていないのですが」
「なんと! このおいぼれの相手をしてくれないのか!?」
「先ほど三連勝した方が何を言っているんですか……」
「まぁまぁ、いいじゃないか、戯れと思って、ほれ」
手をぐっぱーしながらニルは楽しそうに待っている。
「ママ、頑張って!」
ハルカのかっこいいところを見るのが好きなユーリは、いつの間にかイーストン側に回って観戦モードだ。おいてかれたサラが目をぱちくりさせてから、ささっとユーリの横へ避難する。
「普通にやると質量差で絶対負けます。魔法で足元を固定してもいいですか?」
「もちろん構わん。勝負してくれるならばそれで十分だ」
どうやら諦めなさそうな雰囲気を察したのと、ユーリの応援を聞いてちょっとだけやる気を出したハルカはため息交じりに勝負することを了承する。
障壁魔法で足元をしっかり固定して手を組んだ頃には、やじ馬がさらに増えていた。ニルに負けた三人も、ドルも、戦士たちも、気づけばその場にいるもので注目していない者はいなくなっていた。
羽の音がして空を見上げると、ハーピー達も興味津々でハルカたちを見下ろしている。
「ヘルカ! 強いぞ! 頑張れ!」
まだ何も始まっていないというのにミアーが応援を始めると、他のハーピー達もそのあとに続いて、場が一気に騒がしくなる。
「こぉら、儂の応援もせんか!」
「ヘルカ頑張れ!」
「ったく、まるで儂が悪役じゃないか」
無理やり勝負を挑んでいる時点でどちらかというとそっち側なんじゃないかなとハルカは思ったが、黙って準備態勢を維持していた。みんな分かっていることなので言うだけ野暮である。
「ほれ、細いの開始の合図」
「……ハルカさん、ごめん」
「……まぁ、いいですよ。いつやるかの話だった気がしますし」
戦闘訓練をするよりは力比べの方が幾分かましだ。
「じゃあ、準備して」
「陛下、遠慮はいらんからな」
「頑張りますけど……」
「はじめ」
イーストンのやる気のない掛け声の直後、ニルがハルカのことを一気に押しつぶしにかかる。ドルとの決闘での怪力を見ていたし、底知れぬ強さも感じていたから、最初から本気も本気だ。
お年寄りであるニルよりも瞬発力に劣るハルカは、一瞬ジワリと押し込まれたが、少しひざを曲げたところから「よい、っしょ」と気の抜けた掛け声をかけてじわじわとニルを押し返す。
二人が始まる前の姿勢に戻るのにはそう時間はかからなかった。
「ぐぅううう」
前に体重をかけながらめいっぱい足に力を込めたニルだったが、ハルカの体を押し返すことができず、足元が滑りじわりじわりと後ろへ下がっていく。
ハルカと冒険をしていた仲間たちとはともかく、リザードマンやハーピー達、それにサラも目を丸くして口を開けた。
リザードマン達からしてもハーピー達からしても、ニルというのは圧倒的な強者なのだ。体の大きさ、肉付き、どちらをとってもハルカに勝てる要素があるようには見えない。
いくらドルに勝利したからと言って、単純な力勝負でニルにハルカが勝つなんて思ってもみなかった。
ただ、リザードマンたちの中でも、ドルだけはこっそりとハルカが勝つんじゃないかと予想をしていた。その上で、ニルも少しは痛い目に遭った方がいいという思いを込めて沈黙をしていた。
下がることを拒否するあまり、ニルの上体がさらに起きる。そうしてやがて背中がそり、ミシミシと体が嫌な音を立てはじめた頃、ついにニルが音を上げた。
「儂の負けだ!」
ハルカが大きく息を吐いて、手をゆっくりと放す。
ニルは始まる前と同じように拳を握ったり広げたりしてから、軽く腰をさする。
「手も腰も折れるかと思ったわ……。陛下、御見それしました」
「ちょっとやめてください」
「いやぁ、軽い気持ちで挑むんじゃなかった。完敗だ、完敗。……おい、ドル、お前笑っとるだろ?」
ぷすーっと空気の漏れる音に敏感に反応したニルが、じろりとドルを睨む。
「いえ、全然」
『いい薬になりましたか?』という言葉を飲み込んで、ドルはすました顔をしてリザードマン一の戦士を眺めるのであった。





