ハニー
「今回は随分と早くいらっしゃいましたね」
恭しい態度をとりながら近づいてきたドルだったが、周囲に「ヘルカヘルカ」と言って飛んでいるハーピーがいるせいであまり格好がつかない。
ドルにしても多少騒がしいとは思っているようだけれど、腹が立つほど邪魔には思っていないらしく、好きなようにさせている。
ニルほどちょっかいが出しやすくないせいか、ドルを足蹴にしたりしようとするものがいないのもその一因だろう。
「急ぎの用事がない時に、こちらの事情を知っている仲間たちを紹介しようかと。……あとは、この子がリザードマンやハーピーたちを見てみたいと言うので」
緊張しながらも背筋を伸ばしながら立っていたサラだが、ドルの正面に立つと随分と背が小さく見える。
普通の女の子より少し小さい程度の背丈なのだが、何せドルやニルはリザードマンたちの中でも巨体である。
ドルは遠目から見るとすらっとしているのだが、背丈だけでいえばニルとそう変わらないのだ。つまり、二メートルは優に超えている。
「ドル=ガと申します。ハルカ様が王となるまでは、私がこちらの王をしておりました。今はリザードマン……と、ハーピー全体の暮らしを統括しております」
「さ、サラ=コートと申します! ……ハルカさんたちにお世話になっています!」
サラは、冒険者であるとか、宿に所属させてもらっているとか、そんな呼称を自分につけようとしてやめた。
相手が前王で、今も高い地位にいると聞いて、張り合わなければいけないような気がしたのだ。
しかし、ほんの少しだけ悩んだ結果、それがひどくかっこ悪いことのように思えたからだ。自分の力によって得たものは何一つとしてないのだと、よくわかっていた。
見栄を張りたい年頃だろうに、大したものである。
「陛下に招待されたのだから存分に里を見ていくといいでしょう。特別面白いものもありませんけれどね」
「いえ。私が思っていたよりずっと……」
空から見て、そして実際に里へ降り立ってみて、サラはその文明に驚いていた。
長いこと破壊者に対して酷い偏見を持って生きてきたのだ。森の中を適当に歩き回り、出会ったものを全て殺して食べるような生き物だと思っていた。
まぁ、まさしくそれはゴブリンや知能の低い巨人そのものなのであるが。
ところがである。
畑らしきものがあれば、きちんとした隙間風も通らないような家もある。リザードマンはハーピーたちと共に暮らし、ドルはサラよりもずっと丁寧で文化的な挨拶をしてきた。
意表をつかれたせいで気の抜けた感想を口に出してから『思っていたより』という言葉の失礼さに気づき口を閉ざす。
ドルにしてみても人族というのが特別信用にたる種族だと思っているわけではない。むしろ、基本的には勝手で尊大な種族という印象がある。
リザードマンたちについて細かく話さずに連れてきたハルカにも、何か意図があるのだろうと勝手に深読みをして、サラが次の言葉を紡ぐのを待つ。
「……失礼なことを考えていました。私は、破壊者の方々に会うのは初めてだったのです。噂には、とてもとても、恐ろしい存在だと聞きました」
「思ったよりも文化的で驚いたか?」
のっしのっしと歩いてきたニルが楽しげに尋ねると、サラは顔を顰めつつ頷く。怒っているのではない。知らぬままに勝手な悪いイメージを持ち続けていたことを恥じていた。
そもそもハルカが仲良くしている時点で、予想のつくことだったのだ。
サラにしてみれば、ハルカは道を切り拓いてくれた恩人である。それを、自分の常識に照らし合わせて、心のどこかで疑っていたのだと、サラはひどい自己嫌悪に陥っていた。
そしてハルカはそんなサラを横目で見ながら、今までずっと秘密にしていたことを怒ったりしていないかなと心配していた。
とりあえずのところ、ハルカの自己評価と、サラからのハルカの評価には大きな乖離があるようだ。
「ヘルカー」
少し離れたところからミアーが丸い羽の塊を足に引っ掛けて飛んでくる。
「ミアー、止まッテくダさい!」
「ハニーなに? 聞こえない」
「止まッテ! 止まッテ」
「止まるの?」
近づいても速度を緩めないミアーに、羽塊ことウペロペは止まるように指示を出すが、どうやら逆効果だったようだ。
「わッ、避けテください!」
「わっ」
「避けるの?」
真面目にウペロペの言葉を聞こうとしたミアーは、ふらふらと飛んだまま問い返し、サラが避けた方向に進路を変えた。
衝撃は大したものじゃなかった。慌ててたからたたらを踏んで尻餅をついてしまったけれど、ぶつかった痛みはない。
ただ受け止めた丸い生き物がサラの腕の中にモフッと納まっているだけだ。
「……わぁ」
考えていたいろんなことが飛んでいき、サラは思わず年頃の女の子らしい気の抜けた声を漏らす。
「すみません、すみません!」
「ううん、すっごい羽……」
「ハニーダメ!」
むずっと鉤爪に掴まれてウペロペがサラの上からいなくなる。今度はちゃんとウペロペを地面に下ろしたミアーは、サラの前に仁王立ちして見下ろした。
「ハニーはミアー達のダからあげない!」
「はぁ、すみません……?」
「すみません、ミアーがぶツかッタのに」
「いえ、全然そんなの」
ついた汚れを叩きながら立ち上がったサラは、すすっとハルカの方へ身を寄せる。
「あ、あの、あの可愛い方も破壊者ですか?」
「ウペロペのことですか? 彼でしたらハーピーですよ。ハーピーの男性はああいった見た目をしているそうです」
「そうなんですね……」
そこへトボトボと歩いてきたウペロペが、体を小さくして、おそらく頭を下げた。
「陛下、お連れの方にご迷惑おかけしテすみません……」
ハルカがチラリと横を見ると、それに気づいたサラがぶんぶんと首を横にふる。
「ええと、お気になさらずとも大丈夫ですよ」
「寛大なお言葉感謝します」
「あの、私サラです。よろしくお願いします、ウペロペさん」
「あ、よろし……」
「ハニートッタらダメ。ミアー達の群れに入るなら、ちょットダけ許す」
ウペロペが挨拶を返そうとすると、間にミアーが体を入れてくる。
「群れ、ですかぁ」
「……サラさん? 悩まないでくださいね?」
「ええ、それは、はい」
念のためハルカが注意をすると、サラは目を泳がせた後ピンと背筋を伸ばす。
早く町に連れていって、同年代の年頃の子と交流させてあげよう。ハルカはサラを見てそうはっきり決意するのであった。





