御国訪問
里の少し手前の上空でナギを旋回させながら、一足先にハルカとサラはその背中から降りた。急に大型飛竜であるナギを連れてきてしまったので、大層驚いているだろうと思い、先に連絡をすることにしたのだ。
空を飛んでいこうとした時に「一緒に行きます!」と宣言したサラを無視することもできなかったので、仕方なく抱えて一緒に里へ向かっている。
里に近づいていくと、正面から数人のハーピーがやってくる。その先頭にいるのは、ハルカもしっかりと名前を憶えているミアーであった。
「ヘルカダ!」
「ヘルカ!」
「ヘルカが来タ!」
わっと一斉に騒ぎだしたハーピーたちのうち半分は里へ下りていき、ミアーを先頭とした残り半分はそのままハルカの周りに集まってきた。ちょっと前までミアーぐらいしかハルカの名前を憶えていなかったはずなのに、いつの間にかみんなして間違った名前を憶えている。
「……あの、名前」
訂正をしようとすると、ミアーは空中で器用に胸を反らした。
「教えタ! ヘルカの名前、皆覚えタ!」
「……はい、そうですね、偉いですね。でも私の名前はハルカですよ」
「ハルカ!」
毎回繰り返すときだけは正解してるのに、数歩もいかず、空を飛んでいるだけでもすぐにヘルカに戻ってしまう。無駄なことだと思いつつ、一応ハルカは毎度律義に名前を訂正していた。
「小さいの連れてるな。レジーナ縮んだか?」
「…………この子はサラです。レジーナじゃありませんよ」
自分の名前は間違えているのにレジーナの名前はすっと出る。そのことに悩んでちょっとだけ返事が遅れたハルカである。
サラは確かにレジーナと似たような髪の色をしているし、背格好もちょっとだけ近い。そうはいってもレジーナのように修道服を着ていないし、目つきだって悪くない。
オラクル教を真面目に信じていたサラが私服で、オラクル教を服をくれるやつら、としか認識していないレジーナが修道服を着ているのはなかなか皮肉が利いている。
「ヘルカは人が好きダなー、ミアー達の王様なのになー」
「ハルカさんはやっぱり王様なんですね」
「そうダ。ヘルカはミアー達助けテくれタ。強くテ偉いから、ハルカデヘルカダぞ」
ミアーの話を聞いてハルカは少しだけ納得した。どうやらミアー達が自分のことをヘルカと呼ぶのは、名前を憶えていないわけではなさそうだと。ミアー達はミアー達なりに、ハルカのことを呼ぶとき敬意をこめて、ヘルカと呼んでいるのだ。
つまり間違えているのはハルカという名前ではなく、陛下という尊称の方であった。おそらくミアーもハルカがなぜいちいち自己紹介してくるのか理解せずに、言われるがままに名前を口に出している。
「ハルカさんがミアーさん達のことを助けてくれたんですか?」
「ミアー達の子供ト仲間、いっぱい小鬼に食べられタ。デもヘルカが助けテくれタから、ハニートチョットダけ生きテタ」
「食べ……、られたんですか?」
「小鬼、ミアー達のこト騙しタ。悪い奴ダ!」
ミアーはぷりぷりと怒っているだけだが、サラにとっては衝撃の話だった。
ハーピーの姿は、足が鳥っぽく背中に羽が生えているけれど、かなり人型に近い。こうして普通に意思の疎通が取れることを確認した今、その子供や仲間を食べる小鬼というものに、強い嫌悪と恐怖を抱いていた。
「小鬼は増えると他種族を襲って食べることがあります。これはまさに、サラの想像していた破壊者の姿に近いかもしれませんね。しかし、この事実を教えてくれたのはリザードマンですし、ここにいるハーピー達はその被害者でもあります」
ハーピー達も気楽に人の食べ物を奪いに来るので、あまり褒められた生態をしているとは言えないけれど、今それを話す必要はない。
嘘をついているのではなく、話すべきことを選んでいるだけなのだが、それでもハルカは罪悪感にちくりと心臓をつつかれているのだから、まったくもってお人好しである。
「ヘルカがきテ、ずばーってやって小鬼達皆殺し! ヘルカ強い! ヘルカすごい!」
「皆殺し?」
「そうダ! ズバーッテするトぶしゃーッテなる!」
「ミアーさん、ちょっと、ミアーさん?」
「なんダ、今良いトこダぞ!?」
「はい、はいはい、そうですね。あまり刺激の強い話はやめておきましょう。……そうだ、今日はレジーナも来てますよ。ほら、あそこに大きな竜が飛んでるでしょう?」
「わ! デッかい! 怖い! 逃げるッテ伝えテくる!」
「あれは私たちの仲間なので大丈夫ですよって、伝えるために先に来たんです」
「そうか! ミアー達は、デッかいの何か見テきテッテ言われテきタ! あいツら空飛べないからな、仕方ない奴らダ」
この様子だとリザードマン達には既にナギの姿は捕捉されているらしい。戻っていったハーピーたちはおそらくハルカの到着を伝えに行っただけだから、結局自分たちで事情を説明しないと仕方がなさそうだ。
里の上空に来ると、ひときわ大きなリザードマンであるニルが、腰に手をあてながら空を見上げていた。周囲には先に帰ってきたハーピーたちが飛び回り何事か騒いでいるせいか、ドルは少し離れたところに避難をしている。
ハルカが近づいていくと、ニルはその太く長い腕を上げて大きく振りながら口を開く。ガパっと開けられた口には細かくギザギザとした歯が生えていて、サラは思わず少し体を縮める。
しかしその口から飛び出してきたのは、サラのことを脅かすようなセリフではなかった。
「おーい、陛下! 遠くにいる竜は陛下の仕業かぁ!? おっそろしいから早く教えてくれ。この羽虫どもの報告じゃ何が何だかわからーん!」
馬鹿にされたのがわかったのか、周りにいたハーピーたちがその足でニルを蹴りつけるが、丈夫な外皮を持つニルはそんなこと気にも留めず、鬱陶しそうに少し腕を振っただけでそれを跳ねのけてみせた。
ほとんどはすぐに諦めたようだったが、ニルはしつこくけり続けていた二人のハーピーの足を突然掴むと、その口を開けてバクンと閉じる。
「悪さばかりしてると食べてしまうぞ!」
そうしてから手を離すと、つかまっていたハーピーはキャーキャーと言いながら逃げていく。一見仲が悪そうだけれど、ハーピー達はどうやら怖がっていないようである。
ニルがふざけているだけなのがなんとなくわかるのだろう。
ハルカにはそれが理解できたけど、サラが同じとは限らない。
カチンコチンに緊張している腕の中のサラに、ハルカは苦笑しながら地面に降り立ったのであった。





