お風呂が好き
ハルカにとって拠点にいていいことは、毎日露天風呂に浸かれることだ。
いつの間にかハルカが風呂に入った後は、カオルが外に待機しているのが定番になっている。逆にこれだけ好きなのに、いないときは入っていないと考えると、少しかわいそうな気になってくるハルカである。
自分で沸かせて入ればいいと何度か言っているのだけれど、薪がもったいないからとか、主が不在ではとか言って頑なに使おうとしない。
律義だという見方もあるが、ハルカからすればもはや頑固の領域だ。
「よかったらお背中流すでござるよ?」
そしてこれもまた、いつもの光景となっている。
いらないと言っても続けるのもまた、ハルカが彼女を頑固だと思う所以だ。申し出を断ると、カオルは静かに気配を消して待機する。初めのうちは待たせているような気がしてのんびりできなかったけれど、お互いに急ぐ用事がないので最近は普通に雑談を楽しむことにしている。
「街で【金色の翼】の拠点に寄ってきましたよ。大きなお屋敷で、人もたくさん住んでいましたね」
「困っている女性の寄り合いなんでござるよ。全員が役割を持っていて、約束事に違反した者は追い出されるでござる」
「確か冒険者が八十人くらいでしたね。私が見ただけでもそれ以上の女性がいましたけれど」
「冒険者以外もいるでござる。生活は保障されるけどお給金は出ないから、皆自立するべく頑張るでござるよ」
「生活保護……みたいですねぇ。よく財政がもつものです」
「自立したものは、それまで世話されていた分【金色の翼】へ還元するでござる。強制ではないけれど、あまりに義に反したことをしていると女性社会からつまはじきにされるでござる」
上納金のようなシステムは、嫌がられそうなものだが、街に暮らす人々の中に【金色の翼】を悪く言うものは見たことがない。もちろん同じ冒険者同士だと憎まれ口をたたいていることくらいはあるが。
そうして根っこを伸ばして、ヴィーチェは〈オランズ〉全体のことを把握しているというわけだ。ハルカの居場所をいつもすぐに探り出すのは、ストーカーじみた行為によるものではないのかもしれない。
「クランの女性から、カオルさんとエリが帰ってこないと嘆かれましたよ」
「う……」
帝国に行く前から滞在しているから、街を離れてすでに四カ月は経過している。
エリは魔法の腕を上げているし、カオルも訓練に付き合っている。冒険者としての活動をさぼっているわけではないが、いい加減仲間たちも心配しているということだろう。
特にチームを組んでいるのに一人だけ街へ戻ったアルビナは、恨めしそうな目で拠点を訪問したハルカのことを見ていた。
この件で恨まれるのはお門違いというものだが、心当たりがないわけでもない。カオルに関して言えば、この露天風呂こそが拠点への帰還を妨げているのは間違いない。
「そんなにお風呂が恋しいのに、よく【朧】から出てきましたね」
「……出るときは我慢することを誓ったでござるよ。しかし、まさかこの異郷の地でこんなに素晴らしいものに出会えるとは思わず! ……一度入ったら我慢できなくなったでござる」
最近ではお風呂に入りたいからここにいるということを白状したカオルだ。街で待っているアルビナや、クールなカオルの姿に憧れる若い女の子たちには聞かせられない言葉であった。
侍というより、ただの女の子である。ござるとつけていればいいものではない。
「……ヴィーチェさんがね、こっちに【金色の翼】の拠点を作りたい、って言ってたんです」
「拙者こっちに所属するでござる」
「判断が早いです、最後まで聞いてください」
せめてもう少し迷いを持ってほしいところだ。待ってましたと言わんばかりに返事をしないでほしいハルカであった。
「いい子であっても、どうしても、街に馴染めない子いるでしょう」
「……素朴な子たちでござるな」
「ええ。ここなら、飛竜便屋さんで働かせてもらってもいいし、手に技術を一つ身に着けて来てくれれば仕事を渡すこともできます。生活には困りません」
「いいことばかりでござる」
「いえ、不便もあります。人が少ないので馴染めなかったときに辛いですし、仲のいい街の人と会いに行くにも送り迎えが必要です。それから、冒険者であるカオルさんやエリの場合は、依頼を受けるのが大変でしょう? 私達がいない場合、街まで片道数日かかってしまいます」
「魔物でも狩りながらのんびり行くでござる」
「目指すところがあるのでは? 武者修行のためにこちらに来たのですよね」
「ここでも修業はできるでござる」
ああ言えばこう言うで、まったく引こうとしない。
ハルカとしても別に追い出したいわけではなく、本当に大丈夫かなぁという老婆心で話している次第だ。
「カオルさんがいいならいいんですけど……。アルビナさんがかわいそうなので、せめて一度きちんとお話をしてみては?」
「そうでござるなぁ……。しかし街まで行くとなると、急いでも往復で五日はかかるでござるなぁ……」
それは殆んど全力で走っていって、会話をさっさと切り上げてまた全力で帰ってきた場合の日数だ。メロスだって妹の結婚式にはちゃんと出たというのに、目的の行事まで蔑ろにしようとしている。
ここにきて、カオルはめちゃくちゃ自分勝手なところがあるのではないかという説を、真面目に考え始めたハルカである。
「……カオルさんは、チームを組んでいるわけですし、アルビナさんと仲がいいんですよね?」
「うーん、そうでござるな。それなりでござる」
「それなり……?」
「もちろん互いの身を心配するし、背中は預けられるでござる。しかしチームというのは必ずしもずっと一緒というわけではないでござるよ。拙者には拙者の、アルビナにはアルビナの道があるでござる。そこに適した選択をするのは、人として当然でござるからな」
それがお風呂に入れるからというのはあんまりなんじゃないかなぁとハルカが考えていると、それを察したのか外ではカオルが身振り手振りをしながら言い訳をした。
「あ! 拙者とて風呂のためだけにここにいるわけではないでござるよ!? それに、アルビナはもっと年の近い冒険者と活動した方がいいと思ってるでござる。世話をされるのではなく、する方に回った方がアルビナのためになるでござるよ」
そう言い訳されると至極もっともだとも思ってしまうのがハルカである。
小さなころから冒険者としての頭角を現したアルビナは、きっと今まで世話をされるがままの冒険者人生だったのだろう。うまくいかなくても、判断を間違えても誰かがフォローしてくれる。
それよりも自分がしっかりしなければいけない状況に置かれた方が成長するというのは、分からないでもない話だった。
「みんな、ちゃんと考えているんですねぇ……」
納得して息を長く漏らしながら空を見上げたハルカと対照的に、カオルは外で下を向いてホッと息を吐きだしたのだった。





