お迎え
日が落ちる少し前。
宿へ入る直前に正面に滑り込むように、息を切らしたアーノが姿を現した。
何か大事かと身構えたハルカに、呼吸を整えつつアーノが顔を上げてる。
「き、昨日は、ありがとうございました! どうお礼していいかわかんないんですけど、あの! レートンさんが、ご飯をおごるから探してくれって! みんなで探してたんです!」
なんだなんだと街の人々が振り返る中、緊急事態でなかったことにハルカは肩の力を抜いた。大丈夫ですと言って軽く手を振ると、夕暮れで家路を急ぐ人たちはすぐに歩き去っていく。
「お礼なんていいですよ。でも、レートンさんですか。どちらにいるんでしょう?」
「ぎ、ギルドの食堂、に……」
見つけたこととお礼をすることばかり考えていて、いざ招待する場所の名前を口にしたとき、アーノは口ごもってしまった。特級冒険者をギルドの食堂なんかに招いていいのだろうかという迷いからだ。
「いいですね、なんだか久々です。カーミラ、いいですか?」
口元を押さえてあくびをしたカーミラの目はすこしとろんとし始めている。
カーミラにしてみれば、変な時間に眠って変な時間に活動しているわけだから、眠たくなっても仕方がない。おそらく食事をしている間に眠ってしまうだろう。
意外と乗り気なハルカに、アーノはほっとする。
ハルカは美味しいものを探して食べるのが好きだけれど、だからと言って好き嫌いがあるわけでもない。昔は騒がしいギルドの食堂が特別好きではなかったけれど、知り合いが増えた今となってはそんなこともない。
「いいわ、お姉様にお任せ」
「はい、じゃあ行きましょう。ついたら部屋をまた借りましょう。眠たかったら先に休んでていいですからね」
「嫌よ、お姉様と一緒にいるわ」
「はいはい。そうですね、では行きましょう。昨日の件でラルフさんから何か話もあるかもしれませんし」
緊張してぎこちない動きで前を歩くアーノ。
何か声をかけたほうがいいかなと思いつつも、逆に緊張させてしまうかとも思いハルカは沈黙。
案内役をすることに手いっぱいのアーノは、なぜか目をぎらぎらさせてちょっと周囲を威嚇しつつ沈黙。
お眠のカーミラも、ハルカに寄りかかりながら歩いて沈黙。
最初に耐えられなくなったのはハルカだった。
「アーノさんは冒険者になってから半年、くらいですか?」
「は、は、はい!」
「もう護衛の仕事に就けるなんて、頑張っているんですね」
「え! へへ、はい、この間六級になって……。あ、いや、全然まだまだです。今回はレートンさんがいたから行けただけで……」
「せっかく連れていってもらえたのに災難でしたね」
地道に街の依頼をこなしてきて、ようやく冒険者らしい仕事に挑戦した途端にこれだ。トラウマになって冒険者として上を目指す生き方を諦めてもおかしくはない。あるいは、一部の冒険者のように、街で安全な依頼をこなし続けるのだって一つの道なのだから。
「お姉様は心配性ね」
カーミラが呟くと、すぐそのあとにアーノが表情を引き締めた。
「いえ、次同じことがあったらもっとうまく動きます」
返ってきた言葉は、気合に溢れたものだった。トラウマとか、諦めとか、そんな雰囲気はみじんも感じさせない。
「私たち、まだまだ上を目指すんです。こんなところでくじけていられません」
「そうですか、……いいですね」
ハルカは無理はしないように、という言葉を押しとどめて後輩に向けてエールを送る。責任なんて取れないけれど、頑張ると言っているアーノの足を引っ張るよりも、背中をそっと押してあげたい気分だった。
会話をしたおかげで少し緊張がほぐれたのか、アーノは少しずつ歩みを緩めた。そうしてハルカたちの横までやってくると、小さな声で尋ねる。
「あの、イースさんって元気、ですか?」
「あ、ああー、そういえば一緒に初心者講習を受けていましたね」
「私じゃなくて! 友達が元気かなって言ってたので!」
「ええ、元気ですよ。街にきてませんが……、のんびり暮らしてます」
「そう、ですか」
返答を聞いたアーノの表情は複雑だ。
同じ新人冒険者と思っていたのに、雲の上の存在の人たちの仲間で、しかもそれから一度も冒険者ギルドで顔を合わせていない。
友人の女の子は勝手な妄想をしてキャーキャー言っているけれど、アーノからすると変な奴という印象しかなかった。もちろんイケメンであることは認めていたけれど。
「なんでイースは冒険者登録したのかしら?」
会話にずいっと首を突っ込んできたのはカーミラだ。
「一緒に活動するためらしいですよ。身分証にもなりますし」
「あら、じゃあ私も登録しようかしら」
「……いや、ほとんど拠点から出ませんし、いらないんじゃないですか?」
こんな機会がないと本当に引きこもってばかりいるし、旅をしたいわけでもない。
イーストンとは少々事情が異なるだろうとハルカが提案すると、カーミラはむっとした顔をした。
「やっぱり登録しようかしら! 仲間外れは嫌よ」
「仲間外れにしてませんよ」
「いいえ、ちょっとしてたわ。私が外に出かけないからって、仲間外れにする気だったわ」
「してませんってば。ほら、フロスさんも登録してませんよ。わかるでしょう、フロスさん」
「土いじりが上手な子ね、多分犬になりたいと思うのだけど……してないわ」
「……はい、そうですね」
あまり人の趣味嗜好に突っ込みを入れたくないけれど、カーミラから勝手に伝えられると反応に困ってしまう。約束を守ってやっていないことを褒めるべきか、あるいは勝手にその事実をばらしたことを注意するべきか。
ハルカは少し悩んでから、どちらにも触れないことにした。
「登録してなくても、行きたい場所があったら連れていってあげますよ」
「うーん、別にないけどー……、わかったわ」
今一つ納得できないまでも、駄々をこねることは止めたらしい。カーミラは組んでいた腕にぎゅっと力を込めてハルカに体を寄せた。
歩きにくいけれど、カーミラのやることにハルカはいちいち注意をしない。
ちゃんと相手を見てやっていることはわかっているから、多少のわがままは好きにさせてやることにしていた。





