愛され上手
二人は日が昇ってからのんびりと準備をして、受付に鍵を返しに行く。
宿舎の廊下を歩いていると、宿舎で過ごしている新人冒険者たちとすれ違って注目を集めるが、流石に声をかけてくるものはいない。
〈オランズ〉の街において、ダークエルフはイコールで特級冒険者と結び付けられている。下級の冒険者の中に、ちょっかいをかける勇気があるものなどいるわけがなかった。
ハルカも街で視線を集めることには慣れているので、いちいち止まって確認はしない。
「人気ね、お姉様」
「人気とは少し違う気がしますけれど」
「そうかしら?」
カーミラは周囲にいる犬としての素養のありそうなものに流し目を送ってみる。目が合った男性の表情は確実に緩むのだが、何度かそれを繰り返しても誰も声かけてこないどころか、ふらふらとついてくるものすらいない。
それでも反応があったものには、カーミラはにっこり微笑んでみせたり、軽く手を振ったりしてやっている。
「……カーミラ、何をしてるんです?」
「声をかけられないのが面白くて」
「男心を弄ぶのはやめてあげてください」
「弄んでないわ。もしついてきたらちゃんとお世話してあげるもの」
「……やめましょうね」
一瞬、うちでは飼えません、という言葉が頭をよぎったハルカだったが、人に使う言葉ではないと首を振って再度注意を促す。
「はぁい」
怒られてもカーミラは楽しそうだ。返事をすると、あちこちに色目を使うのをやめて、ハルカの腕に引っ付いたまま廊下を歩く。
そのままカギを受付に返し、一晩の宿泊料を支払ってギルドを出る。
カーミラが傘を開く間、ハルカは軽く周囲に目を走らせる。
日が昇ってしばらくたつので、すでに街はすっかり目を覚ましていて、あちこちから人の声や作業音が聞こえてきていた。
「お姉様、今日はどこに案内してくれるのかしら?」
傘をくるりと回したカーミラに、ハルカはふっと表情を緩める。楽しそうにしているカーミラが可愛らしく思えたのもあるが、自分がこの街を案内する側に回っていることがおかしくもあった。
「ぶらつきましょう。美味しい食事が出るところも知ってますし、名物の木工細工の店もあります」
「ハルカさんは食事がお好きですわよね」
二人だけで話をしていたはずなのに、当たり前のように反対側から会話に交じってくる声がした。ゴスロリ衣装の金髪ドリル。一級冒険者にして【金色の翼】の宿主、ヴィーチェ=ヴァレーリは今日も通常運転だ。
「さ、今日はどこへ行くんですの? その前に、私を二人の間にいれてぎゅっと距離を縮めてくれると嬉しいですわね、どうかしら?」
「……嫌ですけど」
「あら、カーミラさんはどうかしら?」
「……嫌よ」
カーミラもヴィーチェが犬たちと一緒に働いているのは見てきていたが、なんとなく苦手意識があるのでちょっと引き気味だ。嫌いとかではない、苦手なのだ。
「街にしばらくいるのなら、暇になった時に声をかけてくださらないかしら?」
「いいですけれど、何かご用事でしたか?」
「うちの拠点に一度くらい招待しておきたいと思っただけですわ。そちらにはお邪魔させていただきましたし」
「そういうことでしたら」
「お願いしますわね」
用件を告げると、ヴィーチェは普通に歩き出してそのままハルカたちから離れていく。間に挟まって一緒についてくる気というのはどうやら冗談だったらしい。
「それじゃ、今度こそ行きましょうか」
「そうね」
今日のカーミラは、やや露出の多いドレスを身にまとっている。歩くたびにひらりと揺れる布と、日の光の下でもなお映える白い肌につられて注目が集まり、そして隣にハルカがいることでその反応がやや緩やかになる。
カーミラにとって外を歩いてもなかなか声をかけられないというのは、新鮮な経験だ。自分よりも隣にいるハルカがあちらこちらから呼ばれるのが面白い。
「お、ハルカさん! これ焼きたての串肉だ、持ってってくれよ!」
「あ、お支払いを……」
「いいっていいって、ハルカさんがよく食べてたって噂になって、新人冒険者たちがよく買いに来るようになったんだよ」
「いえいえ、ちゃんと払いますから」
「やっぱりお姉様人気ね」
やり取りの間にカーミラが口を挟むと、店主の目がカーミラに向いた。
「お、ハルカさん妹なんていたのか? 仲が良くていいなぁ」
「妹ではないんですけどね。拠点で一緒に暮らしています」
何度目かになる指摘に、ハルカは苦笑する。あっちでもこっちでもカーミラがお姉様呼びするせいでいちいち誤解を解いて歩いているのだ。いくら会話している相手の誤解を解いたところで、それだけ仲の良い二人であるという印象は、かなり多くの人に与えられたことだろう。
手っ取り早く街に溶け込んでいるが、妙な誤解も生んでいそうである。
冒険者の街には、旅に使う品物がたくさん売られている。
ハルカにとって珍しくないものだったり、実際には役に立たなそうなアイディア商品でも、カーミラにとっては興味深いようで、じっくり見たり店主と話したりと楽しそうだ。
主従関係以外の付き合いなんてほとんどしてきたことがないはずなのに、人当たりはいいし、随分と相手の心に潜り込むのが上手だ。きっとこれまで付き合いが少なかっただけで、人から好かれる才能は天性のものなのだろう。
連れてきたハルカにしてみても、これだけ楽しそうに街を歩いてくれると気分は悪くない。
いつにもまして店からいろんなおまけをもらいながら、二人はその一日のんびりと街を巡り歩いたのだった。





