とりあえず報告
地下牢の入り口には、これまた数人の冒険者が待機している。
どっちが犯罪者だかわからないような荒くれた雰囲気を持っているけれど、彼らも一応立派な冒険者だ。アンデッド討伐の際にはハルカも顔を見たことがある。
この街を二分する宿の片割れ、【悪党の宝】に所属する冒険者だ。ラルフに対する態度は横柄だが、仕事をする気はあるらしい。
ハルカが牢の中へ兵士たちを入れると、武器を突き付けて武装解除し、しっかりと持ち物検査をしていた。何かの拍子に犯人が逃げ出すようなことがあれば、冒険者の信頼も宿の信頼も失墜する。
そこで手抜きをするような者は、流石に宿に所属させないのだろう。
作業の終わりを待たずに階段を上がっていくラルフに、カーミラが声をかける。
「いいのかしら、最後まで見ていなくて」
「ええ、彼らに任せます。……ハルカさん、こちらは?」
「えーっと……、冒険者ではありませんが、拠点で一緒に暮らしている仲間です」
「そうですか。……ハルカさんの仲間なら、まぁ」
自分が話し合いから除外されるかもしれないとは露ほども思っていないカーミラは、興味深げに地下牢の様子を眺めている。ラルフはその様子に毒気を抜かれ、足を動かして階段を上った。
支部長室へ到着して中へ入ったところで、ハルカは光源を電気のイメージに変えて天井へ張り付かせる。初めの頃よりも光量の調整が随分うまくなったから、まぶしすぎずにちょうどいい具合だ。
周囲が暗いから、外から見たらさぞかしこの部屋だけが目立っていることだろう。
少しだけ開いた扉から、じっとりとした視線が向けられていることに気づいたのは、ラルフとカーミラ。ハルカは天井を見ながらもう少しだけ光を抑えるか考えていて気付かない。
「なんか見てるわよ?」
「……仕事だから、そこで聞いてていいから」
そこでようやく気が付いたハルカが、ぺこりと頭を下げる。
「夜分に旦那さんをお借りしてすみません。できるだけ早く済ませて、詳しい話はまた明日にしますので」
旦那さんのところでピクリと耳を動かしたラルフの妻レナは、ささっと奥へ引っ込んでいく。
何か良くないことを言っただろうかと表情をひきつらせたハルカだったが、中から物音がしたかと思うとすぐに扉が開く。
薄手の服に上着を羽織っただけのレナが、トレーにコップを三つ乗せて穏やかな表情で現れた。
「こんな遅くまでお仕事お疲れ様です」
「……お気遣いありがとうございます」
昔頬を張られた記憶が一応残っているので、今はそんなことをしないだろうと思っていてもちょっとだけ緊張するハルカである。
ハルカとカーミラが、テーブルを挟んでラルフの正面のソファに腰を下ろしたところで、レナは「ごゆっくり」と言って扉の奥へ引っ込んでいく。
ハルカとカーミラの視線がそちらに捕らわれほんの少しだけ間が空いたが、ラルフの咳払いが聞こえてハルカは我に返る。
「ええっと……、軽く概要だけ説明しておきます。発生場所は黄昏の森の中間地点付近。あそこに簡単な小屋がありますよね、あそこが現場です。私たちは拠点からのんびり草刈りしながら歩いてきて、雨に降られたので小屋に入ろうと思ったんです。そこで遭遇して制圧、空から全員を連れて街へ戻りました。けが人はレートンさん一人。治癒魔法で回復しています」
「……運が良かったですね、ハルカさんが通りがかるなんて」
「本当にたまたまです。カーミラが街に行きたいと言ってくれて、散歩気分で歩いていたんですよ」
ハルカがその話をするたびに、カーミラはちゃんと得意げな顔をする。なんとなくそれが可愛らしいので、ハルカも余計な一言かもと思いつつそんな言葉を付け足していた。
実際カーミラの身分は怪しいものだから、ラルフによい印象を与えておいて損はない。街に入るのにも、カーミラは身分証を持っていないのだ。ハルカが保証しない限り好き勝手歩きまわるのは難しい。
「それはカーミラさんには礼を言わなければいけませんね」
「お姉様とお出かけしたかっただけだから別にいいの」
「……ハルカさんの妹、ではないですよね?」
「まあそうなんですけど、気にしないでください」
カーミラがハルカに寄りかかるようにして肩に頭を預ける。
かつてハルカに恋をしていたラルフとしてはなんだか複雑な光景だ。なんだってわけではない、それでもよくわからないもやもやがあった。
ハルカは寄りかかられたことを気にしないし、そんなラルフの心境にも気づかないで続ける。
「犯人は多分【ディセント王国】の公爵領で働いていた元兵士です。あれから半年以上たちましたが、おそらくあちこちに潜伏しながら逃亡していたのでしょう。この場合は、【王国】へ送り返すことになるんでしょうか?」
「……そうなるでしょうね。こちらである程度事情を聴いてからになりますが。国家間のやり取りになってしまうでしょうから、一度〈プレイヌ〉に話を通さなければいけないかもしれません」
「仕事を増やしてすみません」
「いえ、仕事は放っておいても毎日増えますのでこれくらい」
ハルカが申し訳なさそうな顔をすると、ラルフが一瞬遠い目をして乾いた笑いを漏らす。平然としているように見えるが、なかなかのハードワークをこなしているようだ。
「しかしそれだけわかれば十分です。明日以降しばらく街にいるんですか?」
「ええ、ちょっとのんびりするつもりです」
「でしたら聞きたいことができたら探して声を掛けます。夜遅くに美女二人をいつまでも拘束しておけませんし、今日はこの辺りで」
ちょっとすかしたセリフを久々に聞いたハルカは、ちらりと扉の向こうに意識を割いてみたが、物音などは聞こえてこない。ラルフが悪いわけでは……あまりないのだが、泥棒猫と呼ばれるのはもうごめんなので、カーミラを促してさっと立ち上がる。
「では、何かあればまた」
「はい、よろしくお願いします」
なんだかんだラルフは上手くやっているようだと、なんとなくほっこりとした気分になりながら、ハルカは魔法で照らした廊下を歩く。
「お姉様、あの人とは仲がいいのかしら?」
「ん? そうですね……、何もわからなかったときに、すごく親切にしてくれた人です」
「お姉様にもそんなときがあったのね」
「……そんなときばっかりですけどね、私は」
過大評価された言葉にハルカは苦笑する。
そうして、カーミラと肩を並べながら、ハルカはギルドの長い廊下をのんびりと歩くのであった。





