連行
「不意打ち、という話でしたけれど、具体的にはなぜ戦闘になったんでしょう?」
念のため状況を把握しておこうと、ハルカは落ち着くのを待ってアーノへ問いかける。
「ひゃい!」
普通に話しかけたはずなのに随分と驚かれて、ハルカの方がびっくりして目を丸くする。アーノは声が裏返ったことが恥ずかしかったのか、視線を横へずらしながらもう一度落ち着いて返事をしてから話し始めた。
「……はい。雨が降り出したので小屋へ行こうとしたところで襲われて……、多分元からあの小屋に居座ってたんだと思います。横から出てきた人がレートンさんの頭を思いっきり木の棒でたたいて……。近くにいた依頼主さんも人質に取られちゃいました」
「……話し合いとかはなかったんですね」
「そのあとは、小屋まで連れてかれて縛られただけです。見られたから殺すしかないとか、相談してました……」
本当に危機一髪だったようだ。
ハルカたちが通りかからなかったら、捜索隊が出されるまで遺体が発見されることはなかっただろう。
「無事で……良かったです」
「……はい!」
アーノが涙ぐみながら返事をする。すぐ横でそんな相談をされていたら生きた心地がしなかったことだろう。
「……カーミラが街へ行こうって提案してくれてよかったです」
「そうね。そう考えると私のお陰かもしれないわね!」
遠慮をしないのもカーミラのいいところだろう。
雰囲気的に褒める時ではないのだが、それを期待しているのがありありとわかる。
少し待っても次の言葉が来ないことで、褒められるのは諦めたのか、カーミラはぎゅっとハルカと組んだ腕に力を込めた。それで我慢することにしたらしい。
しばらくして街が近づくと、ぽつりぽつりと小さな灯りが見えてきた。
ハルカが元の世界で住んでいた都会と比べたならば、蛍の光程度の儚い灯りでしかないけれども、そこで確かに人々が生活を営んでいるとわかる。
ハルカは都会の光よりも、このくらいの灯りの方が地に足がついているような気がして好きだった。
多くの人がそろそろ床について休む時間だけれど、一応街を囲う壁の上には冒険者が夜を徹して見張りをしている。
これは主に信頼の厚い、街に根を張ったベテランの冒険者の仕事だ。今回アーノたちを連れて森に護衛依頼に出ていたレートンなんかも、そのうちの一人だ。
ハルカは早めに高度を落として、ゆっくりと門へ近づいていく。
まず間違いなく警戒をしているだろうから、急いで近づいて余計なプレッシャーをかけたくなかった。
「夜分にすみません! 【竜の庭】のハルカ=ヤマギシです! 森でならず者を見つけて、冒険者と木こりの方を保護しました!」
「お、マジか! 殺したのか!?」
「いえ、捕まえています!」
「けが人は!?」
「レートンさんが怪我しましたが、もう治しました!」
「わかった! ちょっと待ってくれハルカさん! 今降りる!」
門のわきについている小さな扉が開き、水を交えた泥を飛ばしながら男が一人走ってくる。ハルカもなじみのあるノルドという冒険者だった。この四十代の男は、少々臆病だが真面目で人懐っこい性格をしている。
はじめてナギを連れて〈オランズ〉に来た時も、及び腰ながらもきっちり対応したという実績があった。
やり取りで間違いなく相手がハルカであると認識するやいなや慌ててすっ飛んできたあたり、善人であることがよくわかる。
「おい、レートン、起きろ起きろお前。若い子連れて出てってなんてザマだよ!」
ノルドは幾度かレートンの頬を叩いてから、顔を上げて門の方を指さす。
「さっき俺が出てきたほうの小さい門から入ってくれ。ほんとは明日の朝まで待ってもらうとこだが、そんなことも言ってらんないからな」
「ありがとうございます」
「いやいや、こっちこそありがとうよ。意識が戻ってないってことは結構な怪我だったんだろ? 危うく友達一人亡くすとこだった」
「ええ、まぁ……。間に合ってよかったです」
頭部からの出血がひどかった。外部だけならばともかく、頭の中で出血をしているようだったらかなり危ない状況だっただろう。それを思うとハルカも、余計に捕まえた兵士のことが許せなくなる。
「この辺のことは俺がなんとかしとく。ハルカさんはギルドの方へ報告してくれ。一応当直が一人くらいいるだろうから」
「わかりました、では先に行きます。あの、こっちのカーミラって子も一緒に入りますがいいでしょうか?」
「ん? うお、なんだこの美女。いや、どうなんだ、まずいんだけどな……。ええっと、まあいい! ハルカさんの連れなら怒られやしないだろ、俺が責任取るからさっさとこの犯人共連れて中に入ってくれ。……でももし怒られたらかばってくれよな」
最後の一言のせいで今一つ格好がつかないのがノルドらしい。
「ええ、ご迷惑かけないようにします」
「ありがとうございます、おじ様」
「おじ様! おいおい、俺おじ様って言われて嬉しくなる日が来ると思わなかったぜ、おい、ふふふ」
能天気に喜ぶノルド。
そんなことはすでにお構いなしに、ハルカとカーミラはさっさと門をくぐって街へ入る。すぐ後ろには兵士の入った立方体が三つ。
つかまっている三人はもうあきらめたのかぐったりと座り込んでいた。
とにかくハルカのことが恐ろしくて、言葉を発する気にもならないのだ。
「少し急ぎましょう」
そう言ってハルカが障壁を展開し、再びカーミラと共に空を飛ぶ。後ろにはやはり兵士入りの箱が三つ。
ハルカがこの三人と会話しない理由はいくつかある。
その中でも大きなものは、彼らがまず間違いなく公爵領から逃げてきた兵士であるということだ。
そうなると、最終的に【王国】に突き出すことになるだろうし、自動的に【プレイヌ】の法では裁かなくなる。色々と問い詰めたところで意味がないのだ。
他にも知人をすでに傷つけた後だったとか、相手方が目を合わせようとも言い訳をしようともしないとか、さまざまな理由があるのだが、とにかくさっさとギルドへ行って牢へ閉じ込めてしまいたいというのがハルカの素直な思いだった。
「ギルド、起きている人いますかね」
「いるんじゃないかしら? だって夜はまだまだこれからだもの」
ハルカのふと出てしまったボヤキに、カーミラはいかにも吸血鬼らしい優雅な答えを返すのであった。





