急行〈オランズ〉行き
ハルカが木こりと冒険者を捕らえていた縄をほどいていると、カーミラが中へ入ってきてそれを手伝い始めた。切ってしまえば簡単なのだけれど、この縄はおそらく縛られている冒険者の女の子たちのものだ。
昇格は早いようだけれど、中級冒険者になる前くらいだと、道具だって次々と消耗していいものではない。できるだけ長いまま返してあげようという優しさである。
ハルカは時折、捕まえた兵士たちに逃げ出す意思がないことを確認しながら、カーミラと相談する。
「すみません、今晩のうちに空を飛んで街へ行こうと思います。もし明日以降歩いていくにしても、この状況では楽しくのんびり、とはいきませんからね」
「お姉様に任せるわ。その分街で楽しんだらいいだけだもの」
「ありがとうございます、街ではゆっくりしましょう」
なかなか頑固な結び目を何とかほどいてから、捕まえた公爵領の元兵士を小屋の端へ寄せる。話をするのに火のそばに居座られても邪魔になる。
痺れた手足の動きを確認している木こりと冒険者二人が落ち着くのを待って、ハルカは提案をする。
「レートンさんは治しましたが、状況が状況です。このまま街へ戻りたいのですが、一緒に来ていただけますか?」
「そりゃあ構わんが……。そんなことよりハルカさん、まずはありがとう。良く気付いてくれたなぁ」
最初にハルカの対応をした木こりが、顔にクシャッと皺をよせ安堵の表情で礼を言った。こうして改めて見ると、先ほどまでがいかに緊張して表情が固まっていたかがよくわかる。
元々赤ら顔でよく笑う感情豊かな男性なのだ。ハルカもその表情が再び見られたことにほっとしてわずかに微笑んだ。
「いえ、信じて待ってくださってよかったです」
「そりゃあ信じるさ。俺はハルカさんが駆け出しのころから見てんだからな」
「護衛の依頼も指名で出してもらったりしていましたものね。恩返しできて良かったです」
「いやぁ、特級冒険者にそんなこと言ってもらえるなんてもったいねぇや」
冗談めかして言った木こりの男性は、そのまま連れていた冒険者二人にも確認を取る。
「嬢ちゃんたちもそれでいいだろう? さすがに依頼達成料は払えねぇが、レートンさんが身を挺してくれたし、評価を下げることはしないからよ」
「はい……、すみません……」
ついさっきまでハルカに憧れの視線を向けていたアーノだったけれど、現実を突きつけられると肩を落としてしゅんとしてしまった。
命あっての物種と分かっていても平気な顔ができるほど大人ではない。
「ま、そんな落ち込むなよ。逃げ出さずに立ち向かおうとしたことは評価してるからよ。もうちょっと精進してくれたら、また依頼を出すわな」
「……はい! がんばります」
アーノがぎゅっと拳と目元に力を込めて返事をすると、隣の無口な少女も、それに合わせて神妙な顔で頷いた。
後輩冒険者の世話をしたことのないハルカは、どこで口を挟んだらいいかわからずその様子を眺める。相変わらず積極的に女の子へ声をかけるのはなんとなく遠慮してしまう。
手持無沙汰で、とりあえず兵士たちを外へ移動させようと扉を開けたところでカーミラが寄ってきて腕を組んでくる。
「夜の空の旅もいいものよね」
夜になるとカーミラの瞳は紅く怪しく輝く。
唇が弧の字を作り、暗い雨の夜に白い肌がうっすらと浮かんで見える。
ハルカは外へ出るとまず魔法で光源を作り、カーミラの瞳を目立たせないようにしてから、障壁の乗り物を作る。そうして兵士たちを積み込んだところで、小屋の中へ声をかける。
「空を飛んで戻ります。こちらへ来てください。怖い方は目を閉じていてくださいね」
ハルカに声をかけられると木こりたちはすぐさまやってきてハルカの周りに集まる。心配も何もないようで、口々にハルカに礼を述べている。
彼らにしてみればハルカは駆け出しのころから知っている馴染みの冒険者で、かつ街をアンデッドから救った英雄だ。ここにきて信用しないものなどいない。
一方で魔法の知識をある程度持っているアーノたちはやや緊張した表情で、いまだ意識の戻っていないレートンを運んでハルカの後ろに並んだ。
空を飛ぶことの異常さや魔法を街まで維持する力。そして平然と並行して使われる魔法の数に二人は圧倒されていた。それを涼しい顔で当たり前に行使する姿はまさに圧巻だ。
にわかには信じがたい万単位のアンデッド討伐の話も納得せざるを得ない。
「それでは行きますよ」
言葉と同時にふわりと地面が遠くなる。
浮遊感に襲われ、慣れていない乗組員たちは体を緊張させる。
しかし魔法を使っているハルカは平然としているし、くっついているカーミラもどこか楽しそうだ。
「遠くは見えないけど、濡れなければ雨の夜空も乙なものね」
「すこし特別な感じはしますよね」
「雲の上はどうなってるのかしら?」
「多分晴れていますよ。でも雲の中を通るのは少し危ないのでやめておきましょう」
「危ないの? 視界が悪いからかしら?」
「それもありますが……」
最近の電気の魔法を思い出しながら、ハルカは雲の仕組みについて考えて首をかしげる。なんとなく寒かったり、電気が走ってたりしそうだから止めといたほうがいいのはわかるのだけれど、具体的に説明するほどの知識はない。
「まぁ、色々あるんです。ほら、雷が鳴ることがあるでしょう。あれの元みたいなのがいっぱいあったら危ないじゃないですか」
「確かにそうね。遠くから見たら綺麗なだけなのだけど」
二人の普通の会話を聞いているうちに、少しずつ他の者たちの体の緊張も抜けてくる。
「綺麗ですけど……。近くに落ちると命にかかわりますし、ちょっと怖いですよね」
「お姉様は落ちても無事そうな気がするのだけれど?」
「さすがに……、いえ、どうでしょうね。もしかしたら大丈夫かもしれませんけど……、試したくはないですねぇ」
命を落とすような真似を進んでしたくはない。
試すならせめて、静電気ぐらいからがいい。
そんなことを考えてから、ハルカはふと、この世界に来てから一度も静電気の痛みを感じたことがないことに気づき、うーんとまた首をかしげるのであった。





