余波
何かを伝えたそうなのに言葉にしない。
ただ動揺しているにしては視線の動きがあからさま過ぎた。流石のハルカでも異常事態が起こっていることくらいはわかる。
小屋にいる者を刺激しないように、違和感なく言葉を引き出すための問いかけだった。
「いや、ちょっと雨に降られちまったからな。中で休んでれば大丈夫だ」
「煙が出ているので、火は焚けているようですね。ちょっとでも火に当たらせてもらえませんか? 雨のせいかかなり体が冷えていて」
木こりはハルカたちの濡れてない衣服をしっかりと確認してから首を横に振る。
「いやぁ、ホントにぎゅうぎゅうなんだ。ハルカさんみたいな若い女性を中に入れるのはちょっとなぁ。もう少し進んだところにもう一つ小屋があるからそっちを使ってくれ」
この辺りに小屋はここしかない。幾度か護衛についているハルカはそれを知っていたし、木こりの男も当然それを知っていた。ハルカが異常を察したことを理解して、自分の方でも適当なことを言ってそれを肯定した形になる。
「わかりました、体に気を付けてくださいね。ではまた街で会いましょう」
軽く頭を下げたハルカが振り返ると、小屋の扉がゆっくりと閉まる。
ハルカが少し早足で歩き出すと、すぐ横にカーミラがついてくる。小屋から少し離れた場所でカーミラはハルカの顔を窺いながら口を開いた。
「お姉様?」
この辺りの事情に詳しくないカーミラには何が起こっているかよくわからない。違和感を伝えたのに普通に立ち去ろうとしているハルカへの疑問だった。
ハルカは木陰へ入って足を留めてそれに答える。
「増設されてなければ、この辺りに小屋はあそこだけです。ノックされたときに護衛の冒険者でなく木こりが出てくるのは変ですし、他の人が顔を出さないことにも違和感があります。人の血の匂いがするんですよね?」
「中に敵がいる?」
「多分そうです。木こりのおじさんは、私達を追い返すよう中から脅されていたんだと思います。まさかこんな奥地に他の冒険者が来るなんて思っていなかったんでしょうね。空を飛んで戻って様子を見ます。カーミラは、ここで待ってますか?」
「行くわ」
荒事が嫌いだろうと気を使っての問いかけだったが、意外なことにカーミラは躊躇なく同行を宣言した。
「いいんですか? 戦いが起こるかもしれませんよ」
「その時は仕方ないわ。でも、お姉様が行けばすぐ解決してくれるでしょう? 戦いになんかならないと思うの」
過剰な信頼だ、カーミラは自分の実力を過大評価している節がある、とハルカは思っている。しかし実際のところはカーミラの見る目が確かで、ハルカこそが自分の力を過小評価しているのだが。
「あまり信頼しすぎないでください、頑張りますけど」
「ふふ、頼りにしてるわ」
そう言ってハルカの腕をとったカーミラは楽しそうだ。街で買い物するような、何かを見物しに行くような気軽さだった。
特等席でハルカの活躍を見られる。カーミラにしてみれば本当にちょっとしたイベントごとくらいの気持ちだ。
ハルカは障壁の足場を作って空に飛び、真上から小屋の上へ戻る。
そこからゆっくりと小屋の裏手に高度を下げて、積み上げられた丸太の隙間から中を覗き込む。
中では小さな火がたかれて、湿った木が煙を出している。
床には木こりが五人。そしておそらく護衛の冒険者であろう女の子が二人、男が一人、床に縛られて座り込んでいる。男の方は意識がないのか、後頭部から血を流してぐったりとしている。
その男にハルカは見覚えがあった。街で長年冒険者をしている四級冒険者で、後輩をよく気に掛ける温和な男だ。酒の肴を探すのが上手で、ハルカは美味しいつまみを出す店を教えてもらったこともある。
実力もそれなりにあるはずなのだが、お人好しなのか、向上心が薄いのか、いつまでも四級でのんびり暮らしている稀有な男だ。
それから薄汚れ武装している男が三人。全員が剣を抜き放った状態で火にあたっている。どこかで見たことのある装備はわざと傷つけられて所属がわからないようになっているが、全員が同じようなものを身に着けているので、おそらく兵士であろうことがすぐにわかってしまう。
ハルカはその装備に見覚えがあった。
マグナス公爵領の兵士。それも、公爵にほど近い位置にいたものたちが身に着けていたものだ。
ハルカは目を細めると無言で男たちを障壁で囲いこむ。
火にあたっていた男たちが、その熱気から隔離された違和感に首を傾げた。
ちょうどその時に、扉が引かれて暗く雨の降る外からハルカが小屋へ入る。
武器を持ったまま一斉に立ち上がったならず者は、暗い小屋の中に浮かび上がったハルカのシルエットを見て思わず後ずさる。わずかに火に照らされて見えてしまったのだ。ハルカの褐色の肌と長い耳、それから長い銀色の髪が。
彼らにはトラウマがあるのだ。
自分たちをなすすべなく水に飲み込み、精兵を圧倒し、主を脅かし、城を破壊して去っていたダークエルフに。
「あ、あっ、あっ! な、なんで、こ、こんなとこに」
声を漏らしながらさらに後ずさろうとして、彼らは不可視の壁に退路を塞がれていることに気が付いた。水がせりあがってくるような恐怖に駆られて、思わず足元を見て息をのむ。
ハルカは彼らが障壁から抜け出せないことだけを確認すると、すぐに怪我をしている冒険者の下へ寄って治癒魔法をかける。流れていた血はそのままだけど、すぐに冒険者の顔色が良くなり、呼吸がゆっくりと穏やかなものに変わった。
「それはこちらのセリフです。公爵領にいた兵士ですね」
ガタガタと震えて返事をしない男たちと、険しい視線を向けるハルカとの間で視線を往復させて、カーミラは小屋の入り口でワクワクと目を輝かせる。
「あ、あの! 護衛の仕事をしていたら、そいつらにレートンさんが不意打ちされて! わ、私達、何もできなくて……!」
よく見れば声を発した女の子にもハルカは見覚えがあった。
確かイーストンが冒険者登録をしたときに、一緒に初心者講習を受けていた女の子だった。半年ちょっとで護衛の依頼に出れるなんて、当時のハルカたちと遜色ない、相当のスピード出世だ。
体を震わせているその子たちを、せめて安心させようとハルカは穏やかな表情を見せて言う。
「……大丈夫ですよ、あとはなんとかしますから」
女の子、アーノが目に涙を浮かべ、カーミラは相変わらず出口を塞いだまま、その光景にキラキラと目を輝かせた。





