ふたりでおでかけ
数日待つ間、二人は街へ行く予定を立てる。
一緒にのんびりお出かけがしたいというカーミラの要望があったので、空を飛んだりナギを連れたりせずに、〈黄昏の森〉を歩いて抜けていく予定だ。魔物が出る可能性はあるけれど、そこで致命傷を負うほどに二人は弱くない。
一応道を切り開いてあるから迷うことはないけれど、藪になっていないだけで整っているわけではない。ナギが歩くだけで地面はある程度均されるのだけれど、季節が過ぎるとすぐに植物に侵食されてしまうのだ。
石を敷くなどしないと、なかなか森の中の道を維持し続けることは難しい。
そんなわけで今回も、ハルカは春に元気に生い茂った草や若い樹木を刈りながら進んでいくことに決めたのだった。
定期的に掃除しないと、拠点までの行き来が本当に空の便だけになってしまう。
そんなわけでついに出発当日。
いつも旅に出るときの道具をもって拠点を発った。
冒険者としての経験を積んだハルカがいるから仲間たちも心配していない。軽い気持ちでお見送りである。カーミラはついてきた元犬たちから血をいくらか貰ったようで、少し前よりはずいぶんと元気そうだ。
辛うじて他の場所よりも背の低い草が生えている、道らしき場所をハルカは魔法を適当に放って進んでいく。普通は刃物で地道に掃除していくものなので、こんな力業で道を作っていくのはハルカぐらいだろう。
「お姉様はダークエルフよね?」
ハルカのほんの少し左後ろを歩いているカーミラが尋ねる。
流れで一緒に暮らしているけれど、カーミラはハルカの事情をあまり知らない。
「……見た目はそうみたいですね」
「難しいこと言うわね。……ダークエルフと関わりがあるわけじゃないけれど、普通の感じじゃないわよね」
「変ですか?」
「うーん、もしかして私と同じようにダークエルフとは違う種族なのかしら、とか? 私だって傍から見たらほとんど人だけど吸血鬼だもの」
「あー……そういう可能性もあるわけですね」
吸血鬼と人との違いは、強靭な肉体と、血をエネルギーとして動く部分。そして不死性だ。
ではハルカとダークエルフと違う部分は何かと考えると、魔素酔いしないことと、傷つかない体だろう。それは人が鍛えた延長上にあるように思えるけれど、実際にこの領域までたどり着く者がいるかと問われると疑問が残る。
ダークエルフの体が魔素により変化した新しい種族と考えると、ほんの少しだけ納得してしまうハルカだった。
「言ってみただけよ……?」
振り返るとカーミラが少し不安そうな表情を浮かべている。
適当な推測を真に受けて黙り込んでしまったハルカが理解できなかったのだろう。
「……最近、魔素と生き物の進化の話を聞いたんです。カーミラが小さかった頃、人はそれほど魔法を使わなかったと聞きました。身体強化ができる者もあまりいなかったと」
「……そう言われれば、そんな気もするわ。人里に出て思ったけれど、そういえば昔より不便ね。街に出るともう少し夜が明るかったような記憶があるわ」
「魔素で動く街灯、ですかね」
ブロンテスの家を思い出すと、今の世の中のよりも、当時の方がハルカの元居た世界に近い技術を持っていたように感じた。
「そうね。武器とか防具ももっとしっかりしていたわ。少なくとも生身で吸血鬼と対峙できるような人はいなかったはず」
今の時代は特級冒険者に代表するように、吸血鬼相手でも対等以上に戦える人も出てきている。逆に当時はそんな人がおらず、破壊者と呼ばれるものと対等に渡り合うには、相応の装備をして人数をかけなければならなかったわけだ。
何もかもを失った人たちが、破壊者を恐れて敵対視、一致団結した気持ちもハルカにはわかってしまう。
オラクル教の教えが極端に破壊者を嫌うのも、きっとそのあたりに起因するのだ。
力のない人々が力を合わせ、数少ない身体強化や魔法に目覚めたものを先頭に立てて、少しずつ土地を切り開く。そんな王国の成り立ちをハルカは容易に想像することができた。
「カーミラは……今平和に暮らしています? 不満とかありませんか?」
「そうね、別に……。あ、一個だけあるわ」
「なんでしょう?」
「お姉様がもっと帰ってきてちゃんと私をかわいがってくれるといいわね」
「結構甘やかしている方だと思うんですけどね……」
こうして一緒にお出かけもしてるし、適当に扱ったこともない。
それでも父母に甘やかされ、犬たちに慕われてきたカーミラからすると少し物足りないのかもしれない。
「もっと、私がいなきゃダメ! くらいに甘やかしてくれるのがいいのだけれど……。お姉様はそういう風でもないのよね……」
「カーミラは愛され慣れているんですね」
「そうかしら?」
「そうだと思いますよ」
「お姉様ももっと甘やかしてくれるかしら?」
「いえ、これくらいにしておきましょう。かわいい子こそ甘やかしすぎるとよくないような気がします」
「残念ね……」
どうにも危ない気配がして、ハルカはしっかりと線を引き直した。魅了の魔法云々ではなく、単純にカーミラには世話をしてあげなければと思わせるような何かがある。
シンプルに甘やかされるのが上手な性格をしているのだ。
最後にしつこく言わないまでも、本当に残念そうなちょっとがっかりしたような顔を見せられて、ハルカも悪いことをしたような気分になってしまう。
かわいらしいけれど必要なのは適度な距離感だ。
アイドルとかに入れ込む人ってこんな気持ちなのかなぁ、と思いながら、ハルカは適当に前方へ魔法を放ち続けるのであった。





