住人の一人
「やっぱり駄目そうですね」
「駄目でしたわね……」
自分の体はどうなっているのだろうかと考えるハルカと、またも長命の吸血鬼というプライドを傷つけられたカーミラ。その場で考え込む二人だが、傍から見るとなんというか、間抜けな縦並びだ。
いつもタイミングの悪いフロスは早々に目を逸らして撤退してしまったので、今は二人を観測している者はいない。
やがてカーミラは安楽椅子へ、ハルカは地面へと腰を下ろし話を再開する。
「……血を吸われると、吸われた側は体調に影響が出たりするのですか?」
「倒れるほど吸ったりはしないけれど、人によってはくらっとするくらいはある様ね」
「それくらいなら人と共存できそうなものですが……」
血を吸われる、と考えるからおぞましいだけで、献血と考えればそう変わったことでもない。献血でもばたりと倒れてしまう人はいるし、逆にすっきりすると言って自ら喜んでおもむく人だっている。
まして吸血鬼は人から見て美しい見目をしているものが多い。ちょっとかわいらしく、あるいは格好をつけてお願いすれば喜んで首筋を差し出す者も多そうだ。
「経験が少なかったり配慮がなかったりすると、相手に痛みを与えたり、必要以上に血を吸ったりするものもいるわ。……こんなこと言いたくないけど、相手を食料程度にしか思ってないものだっているの。お姉様はそれくらい、っていうけど、血を吸われるって結構怖いんだと思うわ。ちゃんと仲良くなったつもりの子だって、体を震わせることがあるもの」
ハルカは血液というものが人の体においてどんな働きをしているか漠然と理解している。どのくらい失血すれば命が危ないのかを、なんとなくわかっている。逆に、少しくらい血を失ったところで、きちんと食事をして健康的な生活を送っていれば、体がちゃんと新しい血液を作ってくれることも知っている。
しかし、この世界の住人にはそんな知識はない。
経験値として知っていることは、失血しすぎると死に至ること。出血は痛みを伴うこと、くらいだ。ベテランの戦士や、肉を捌くような仕事をしているものはその限りではないかもしれないが、きちんと学ぶ機会を持ったことのない街の人が失血を恐れるのは当然のことだ。
「だから、お姉様が血を吸ってもいいと言ってくれたのは嬉しかったわ」
うまく吸えなかったけど、という副音声付きの微笑。
見た目よりも落ち込んでいるカーミラである。
ハルカが平気な顔をして血を与えてもいいと言ったのは、カーミラにとって何よりの信頼の言葉であった。すんなりと献血という発想が出てきたように、ハルカにとってはそれほど大したことではないつもりだったので、二人の間には若干の認識の差が出ている。
「うーん……。もし私以外にも自ら血を提供してもいいと言うものがいれば、貰ってもいいと思いますよ。念のため私からも他の仲間たちに話しておきますから」
「本当にいいのかしら? 私、とっても強くなっちゃうわよ?」
「あなたを捕まえた当初は、強くなってどこかへ行ってしまうと困ると思っていましたけれど……」
あの時は旅の途中だったし、カーミラが本当に平和な心を持つ吸血鬼と信じ切れていなかった。
しかし一緒に暮らしてみればわかる。
居丈高にふるまうことがあっても、それは長く生きたことによるプライドによるものだし、人を犬扱いするといっても、それは不器用な愛情ゆえのことであると。あえて誰が悪いかを語るとすれば、最初に人を犬と呼ばせた変態が悪い。
今となっては戦いが嫌いで、働く元犬たちを穏やかに見守る夜行性の美女、程度の認識である。失礼な話だけれど、拠点に来てからはカーミラの吸血鬼としての強さが重要視されたことは一度もない。
「もうカーミラが悪さをすると思ってませんよ。カーミラもここの住人で、私たちの仲間でしょう?」
「お姉様……、好き」
突然の告白に一瞬動揺したハルカは、隣のカーミラの方を見る。
相変わらずの美女なので、なかなか破壊力のある告白である。
しかしハルカとしては、そこに変な意味が込められているとも思わない。
まず自分が個人的な好意を受け取るほどの人物だと思っていないのが一つある。それから、千年も生きているくせに、このカーミラという吸血鬼はどこか純粋で、言葉に裏表がないのが一つ理由だった。
仲間として受け入れられたことを純粋に喜んでいるのだと解釈してハルカは笑う。
「犬たち相手だと頭を撫でたり髪を梳かしたりしてあげるのだけれど、お姉様には逆に撫でてもらいたいわ」
期待を込められた目で見つめられて、ハルカは「よいしょ」と声を出して立ち上がる。掛け声など無くてもすんなり立ち上がれるくせに、相変わらずたまに声が自然と出てしまう。
この世界に来る前だったら、女性の髪の毛を触るなどとんでもない話だったけれど、三年間過ごす中で随分とならされてしまった。
しょっちゅうコリンを撫でているせいで、仲間のことを撫でるくらいならばそれほど抵抗はない。
さすがにカーミラは大人の美女なので、若干のためらいはあったけれど、静かに撫でられ待ちをしているので放置するわけにもいかない。
「えーと、では……」
頭に手をのせて撫でてやると、カーミラの目が細くなる。この辺はコリンやモンタナと一緒だなと思いながら、ハルカはその手をゆっくりと動かすのであった。





