変わらぬ景色
空の旅を数日。
今回は十日程度拠点から離れただけだったので、拠点周りの景色もさして変わりない。
とはいえ昨年から比べると、拠点の景色はずいぶんと変わった。
かつて『忘れ人の墓場』とよばれ岩肌だけだったこの場所には、今ではすっかり緑の絨毯が広がっている。
中心部にでんと大きな屋敷が鎮座し、作りかけの家が周囲に数軒。川が流れていたり、柵で囲った飛竜の牧場があったり、畑が広がっていたりと、とにかく人の営みを感じることのできる場所になっている。
出かけにはなかったタゴスの小屋の上を越え着地すると、屋敷の方から数人が歩いてやってくるのが見えた。
出迎えの言葉と帰りの言葉を交わして歩き出したハルカの左右には、サラとユーリがくっついて歩いて、いなかった間にできるようになったことを報告している。実に平和な光景だ。
歓迎されているハルカとしても、自分の居場所に戻ってきたという感覚が嬉しい。一度足をとめると、一生懸命話すサラの頭を撫でて、タイミングをうかがっているユーリを抱き上げた。
少し離れた場所でタゴスがどうするべきか悩んで立ち尽くしていたけれど、やがてぽりぽりと頬をかいて自分の小屋へと戻ろうとする。
そしてちょうど小屋にたどり着いたところで、道のない森の中から大きな魔物を引きずって出てきたレジーナと遭遇した。
互いに足を留めてほんの一瞬見つめ合ってから、先にタゴスが口を開く。
「帰ってきたみたいだぞ」
「見たから戻ってきた」
「……そうか」
ほんの一言交わすと、レジーナは大物を引きずって横を通り過ぎていく。
タゴスが小屋の扉に手をかけたところで、首だけで振り返ったレジーナが眉間に皺を寄せて言う。
「何してんだよ、早く来い」
「なんでだ?」
「帰ってきたら顔を出せって言われたぞ」
以前ハルカが出かけている間に、ノクトがレジーナに一方的に話して教え込んだことだ。他にもいろいろとあるのだけれど、レジーナはそのうちいくつかは憶えて、いくつかはすっかり忘れた。
ノクトの方もちゃんと聞いてると思っておらず、野良犬に芸を教え込むくらいのつもりで楽しくしゃべっているだけだから問題はない。
「いや、俺がいってもな」
そもそも人付き合いが得意じゃなくて一人で生きてたような男だ。
ワイワイと仲が良さそうな雰囲気を感じただけでしり込みしてしまう。一匹狼を悪く言い換えると、人付き合いが苦手な奴である。
レジーナは獲物を地面に放ると、ずかずかとタゴスの下へ歩み寄って、無言で尻に蹴りを入れた。
「来いっつってんだろ、馬鹿が」
同じく一匹狼だったレジーナだが、今ではちゃんとクランの一員だ。自分を裏切らないと信じたハルカたちの言うことは、よっぽど嫌でなければ聞くようにしている。
一番下っ端のくせに顔も出さないタゴスにいらっとしての暴力だった。
一方で蹴られたくせにそんなに腹を立てていないのはタゴスだ。
圧倒的な力の差で完敗してしまったせいか、拠点に住む人たちがあまりに自分を受け入れてくれるせいか、タゴスはすっかり毒気を抜かれてしまっている。
実は輪の中に入れなかったことを少し寂しく思っていたのか、こうして無理やり連れていってくれるレジーナの存在がありがたかったのだ。
「ったく、しょうがねぇな」
ぶつぶつと聞こえもしない文句のようなことを言いながら、いそいそとレジーナの後ろをついて歩き出した。
「聞こえねぇよ! 文句あんのかてめぇ、ぶっ飛ばすぞ!」
「なんも言ってねぇよ!」
レジーナが怒声を飛ばすと、それなりに離れた位置からタゴスが言い返す。
一級冒険者タゴス、意外と繊細で面倒くさい男である。
レジーナの持ってきた魔物は解体するにとどめて、その日の夜はサラの母であるダリアが作った料理をみんなで食べた。
どこの家でも母親の作る食事というのは、なんとなく家という感じがして、温かい雰囲気がある。ハルカはそんなことを考えながら、つい数日間に〈グリヴォイ〉の街で食べたディタの料理を思い出していた。
実際に自分の母の手料理を食べた記憶があまりないだけに、ハルカにとっての家庭の味は、いつの間にかダリアの料理になり始めている。ちなみに旅先での味はコリンの料理なのだけれど。
ハルカは少し寂しく思う反面、自分の居場所がしっかりと確立していっているようで嬉しくもあった。
ダリアにしてみれば、こんなおじさんに家庭の味と思われるのも嫌かもしれないなと、くだらないことを考えてふっと笑う。
「お姉様、お帰りなさい。何かいいことでもあったのかしら?」
寝ぼけ眼をこすりながらやってきたカーミラが、ハルカの隣に座っていたユーリをひょいっと持ち上げて膝の上にのせると、そのままくっついて座る。
「私はお姉様がいなくて寂しかったわ」
カーミラには妙に懐かれていて、ハルカはいつもどう反応したらいいのか悩んでしまう。
「寂しいのなら一緒に来てもいいんですよ」
「それは嫌」
苦笑しながら提案すると、はっきりと否定されてしまった。
どうにも引きこもり体質のお嬢様である。数百年単位でやっていた引きこもりをやめた途端にひどい目にあったのだ。再び外に出ようという気力が出るのは、まだまだ先のことかもしれない。
「でも、せっかく帰ってきたのなら、私も一緒にお出かけしたいわ。今度街に連れて行ってくださらない?」
「それは構いませんよ。でも昼間に活動できるんですか?」
「出かけたいし頑張るわ。お姉様、約束よ?」
「念押ししなくても大丈夫ですよ。暫く遠出する予定もありませんし」
旅をしたからといって骨休めするような疲労はない。
毎日何もせずに過ごすよりはずっと有意義だろうと、ハルカはあっさりとカーミラとの外出を快諾したのだった。





